「……俺もだよ」
 孝介は言って、少し冷めてしまったココアをひと口飲んだ。陽介が不思議そうにこちらへと振り返る。
「俺だって、あの時みんなが居なかったらやってたかも知れない。――いや、多分やってたな。それくらいはらわた煮えくり返ってた。……俺も同じだよ」
 自分じゃない誰かが居たから思いとどまれた。
 一人じゃなかったから。
 孝介が振り向くと、相棒は照れたように口の端を持ち上げて笑ってみせた。
「でも犯人はそうじゃなかったんだな」
 ぽつりと陽介が呟いた。缶のフタを開けてひと口飲み、白い息を吐き出している。
「もしなにかの間違いで山野アナをテレビに落としちまったんだとしても、それだけで終わらなかったってことだろ? やろうと思わなけりゃ、二度目はないぜ、普通」
「……そうだな」
 小西早紀は山野真由美の死体が挙がったあとテレビに入れられた。テレビに入れたらどうなるのか、きちんと結果を知った上での行動だ。そこには明らかな殺意が存在する。
「犯人の奴、今頃なに考えてんだろうな」
 陽介は言って、足元の小さな石を爪先で踏み付けた。孝介は、さあな、と首を振るだけだ。
 久保美津雄が捕まり、更に生田目が逮捕された。このままだと確実に生田目が連続誘拐殺人事件の犯人として断罪されてしまう。警察もこれ以上は動かないだろう。叔父のように疑問を抱く人間は残るかも知れない。だが状況的に見て、生田目には不利な条件が揃い過ぎている。
 犯人は今、なにを考えているのだろう。
 このまま逃げ切ってやれと笑っているのだろうか。どうせみつかりっこないと高をくくっているのか。少しでも後悔しているのならまだ救われるが――。
 孝介は首を振ってココアを飲み干した。今そんなことを考えても仕方がない。
 この町のどこかに居るのだ。嗤っていようと、苦しんでいようと、その人物が確実に。
「俺、学校の方行ってみる」
 立ち上がりながら孝介は言った。今日は創立記念日で授業はないが、何人かは教師が居るだろう。自分たちとは違った時間帯で動いている人間に話を聞くのも有効だと思われた。
「おー。俺も駅の方回ってみるよ。またあとでな」
「うん」
 ゴミ箱に空き缶を放り込んで孝介は手を振り、道を歩き出した。陽介の姿は霧に紛れてすぐに見えなくなってしまった。


「あーもう、つっかれたあー」
 愛家のテーブル席に着いた千枝は、我慢の限界といった風だ。
「歩き過ぎて足がパンパン」
 向かい側でりせも同意している。
「人があんまり居ないから、余計遠くまで歩く羽目になっちゃったね」
「あと考えてみりゃ、今日って平日っすよね。そこらに居るの、オッちゃんオバちゃんばっかで、話聞こうとすっと学校どうしたっつって頭ごなしに叱られるんすけど」
「はは、そりゃあお前、普段の行いってヤツだろ」
 陽介の茶化すような言葉に完二が睨み返している。孝介はカウンター席に着きながら苦笑を洩らした。
「しかし、聞き込みをするなら当時と同じ状況の方がいいことは確かです。そういう意味では、年が変わる前に行動に移せてよかったと思います」
 直斗の言葉にみんながうなずいている。
「さてと。どうするよ、とりあえず」
「あたし肉丼で!」
 陽介の言葉に、真っ先に手を上げたのは千枝だった。
「そうじゃねぇだろ。……けどまぁ、食べてっからにすっか」
「さんせーい」
 一日中歩き回り、更には馴れないことをし続けた為に、皆の疲労はピークに達しつつあるようだ。注文したあとはそれぞれ言葉少なに自分の分がやって来るのを待っている。
 メンバーの浮かない顔を見ていると、目新しい情報はなにも入手出来ていない様子がうかがえた。そしてそれは孝介も同じだった。あと数日こんな風に聞き込みを続けたところで、新発見があるとは思えなかった。
 こんなことで本当に犯人を捕まえられるのだろうか。
 ふと弱気になりそうな自分を、孝介は飯の匂いで誤魔化すことにした。疲れているとロクな考えが浮かばない。ひとまず思い悩むのはやめにして、空っぽの胃を満たしてやろう。孝介はやって来た生姜焼き定食(飯大盛り)を前に箸を割り、いただきますと元気な声を上げた。
 しばらくみんな夢中で食事を片付けた。
「なにはともあれ、ご飯が美味しいってのは幸せだねぇ」
 千枝の感嘆の呟きに、全員が笑って同意している。
 ぼちぼち食べ終わった頃、再び千枝が口を開いた。
「さてと。お腹も膨れたところでさ、少なくてもいいからみんなの聞いてきた情報、交換しとこっか。えーっと……なんか新しい話が聞けた人」
 そう言って挙手を求めるが、手を上げる者は一人も居なかった。
「山野さんの遺体がみつかった家は、当日無人だったみたい。旦那さんが出張で、そのあいだ奥さんと子供は奥さんの実家に行ってたっていう話だった」
「……小西先輩の遺体があった場所は、周り田んぼだろ? あの辺は日が暮れる頃には誰も居なくなっちまうんだってな」
「周り、なんもねっすからね」
「不審者の目撃情報も無し。っていうかそれ、全部直斗から聞いた話だよね」
「やっぱ駄目かぁ」
 千枝は天井を向いて大仰にため息を吐き出した。直斗も暗い顔でうなずいている。
「最初の二件について警察は、初動の聞き込みに異例なほどの人数を割いていました。それでもこぼしたような情報を、半年以上も過ぎて拾うというのは、やはり難しいですね」
「てーか、訊いても訊いてもそっちのけで、どいつもこいつも霧のことばっか言いやがる」
「あと、マヨナカテレビのことばっかり」
 そう言ってうんざりした顔で首を振るのはりせだった。
「クマのことは……訊いてみたけど、誰も知らなかった。……ホント、どこ行ったんだろ」
 そうして不安そうな眼差しをテーブルの上へと注いだ。消えてしまった仲間を思って、皆も同じように沈んでしまう。


next
back
top