「……だけどな、やるのはもう少しあとだ。ここでこいつ殺してケリが付くなんて本気で信じてるわけじゃないだろうな」
「あぁ? なんだそりゃ。どういうことだよ」
陽介が驚いたように振り向いた。
「まだわからないことが山ほど残ってんだろうが」
「わからないこと? なんだよ」
「生田目の本心だ。あれは――」
「本心ならたった今さんざん聞いただろ!? 今更なにがわからないってんだよ!」
「白鐘!」
孝介は後輩の名前を呼びながら懸命に頭を働かせていた。今頃になってようやく自分たちがどれほど危険な状況に居るのかを理解し始めていた。
今、自分たちは一人の人間を裁こうとしている。いや、裁くなどと言葉を飾ってはいけない、自分たちがやろうとしているのはれっきとした殺人だ。ここには大きなテレビがあり、憎むべき人間が無防備な状態で居て、望めばそいつの命を奪うことが出来る。
更にここには全員が集まっている。もし嫌だと目をそらせこの部屋を出ていったとしても、なかでなにが行われているのか知らずに居ることまでは出来ない筈だ。そして一生この部屋での出来事を忘れられなくなる。
道連れは要らない。
少なくとも、こいつらの手は汚させない。孝介はそれだけを考えている。
「お前はどうだ、このままで本当に納得出来るのか?」
「……それは……」
直斗は自分と陽介を交互に見遣り、気まずそうに顔をそむけた。
「……確かに、気になっていることはあります」
「だから、なにがだよ! ――おい月森、怖気づいたってんならはっきり言えよ。嫌なら出ていくだけでいいんだぞ」
「誰がそんなこと言ったよ」
陽介の胸倉をつかむと、向こうも同じようにつかみ返してきた。
「ちょ、二人とも……っ」
――菜々子は死んだ。
もう生き返らない。
孝介は自分を落ち着かせる為に事実だけをひたすら頭のなかで繰り返した。
菜々子は死んだ。もう生き返らない。あの温かい手は動かない、あの笑顔も戻らない。悲しむのはあとでいい、菜々子は死んでしまった、そして今も死に続けている。その事実は変わらない。
起こってしまったことは変えようがない。
だが生田目はまだ生きている。生きて、こちら側に居る。仲間はまだ殺人者じゃない。それもまた事実だ。
「お前こそ自分から言い出した手前、あとに引けなくなって困ってんじゃないのか」
「んだとお!?」
「先輩――」
後ろから完二が肩を押さえたが、陽介はそれを振り払って睨み付けてきた。孝介はわざと鼻で笑ってやった。とにかく時間を稼ぐべきだ、今ここで決断させてはいけない。
「怖いってんなら俺がやるから出ていけよ。俺は菜々子殺されたんだ、やる権利があるだろ」
「ふざけんな! 俺だって小西先輩殺されてんだぞ! お前にやる権利があるってんなら俺だって同じだろうが!」
四月。
山野真由美が殺され、小西早紀が死んだ。
無意識のうちに記憶を探っていた孝介の頭のなかで、なにか閃いた気がした。
「……生田目が殺したのか?」
突然の問い掛けに、陽介はなにを今更と言いたそうな顔をした。だが孝介の無意識はまだなにかを訴えかけてくる。
「なあ、生田目がやったのか? 本当に全部?」
「……んだよ、いきなりなに言って――」
「俺たち、なにか誤解してないか?」
「はあ? なんだよ、誤解ってな。――ったく、いい加減にしやがれっ。やるのかやらないのか、どっちだって俺は訊いてんだ!」
「落ち着けよ!」
腹の底から孝介は叫んだ。口調こそは叱りつけるような感じだったが、それは孝介が今持っている唯一の願いだった。陽介の目が驚きの為にわずかに見開かれた。その隙を突いて、雪子が言い聞かせるように口を開いた。
「そ……そうだよ、とにかく落ち着こうよ。ね?」
完二が戸惑いながら自分たちを見ている。孝介はそれを確認するとすぐさま友人に視線を戻した。動揺したことを恥じるかのように、陽介の眼差しはいっそう鋭さを増していた。
「俺は充分落ち着いてる」
だが言葉とは裏腹に、苛立ちを募らせているようだった。千枝の視線を感じて目を向けると、不安そうながらもおずおずと言葉を口にした。
「……ねえ、今言った『誤解』って、どういうこと?」
「こんなラリった奴相手に、誤解もへったくれもあるかよっ」
「陽介」
孝介は友人を見据えたままそっと顔を動かした。つられて視線を動かした先にはクラスメイトや後輩の心配そうな顔があった。そこでやっと陽介は我に返り、激情に駆られた自分を恥じるように唇を噛み締めた。
「ね、深呼吸しよ。私たち、菜々子ちゃんや堂島さんのことでまだ気が動顛してるんだよ」
「花村くん……」
つかんでいたTシャツから手を離した。孝介が見ていると、友人はうつむいて歯をギリギリと噛み締め、
「……クソっ」
突き飛ばすようにして孝介のシャツから手を離した。
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