孝介は生田目へと視線を向けた。誘拐と殺人を繰り返した筈の男は、今は床にうずくまり、自分たちの話し声にただ怯えているだけだった。
「……確かに、落ち着いて考えてみるべきですね。思えば僕たちは、まだ生田目自身からは殆どなにも聞き取っていません」
「けどよ」
直斗の言葉に納得がいかないのか、完二が不満そうに声を上げた。あとを続けたのは陽介だ。
「こいつはなにも言わねぇじゃねえか。どんな動機だろうと、こいつがみんなを誘拐してテレビに放り込んだのは間違いねぇんだ。……こいつが、先輩を……っ」
「花村……」
――四月。山野アナが殺された。小西早紀が死んだ。孝介は生田目を見ながら考えている。それから更に誘拐が続けられた。俺は救済を続けるぞ――マヨナカテレビに映った生田目の本心が口にした言葉だ。
救済?
「だいたい、人殺しを『救済』なんて言ってる奴を、どう理解しろってんだよ!」
「理解出来ないことと、しようともしないことは全く別のものです。確かにこの男は菜々子ちゃんをひどい目に遭わせた……でもそれ以外のことは、さっきのマヨナカテレビを見て、そうじゃないかと感じただけです。まずは本人から話を聞くべきでしょう。もっとも――」
直斗の言葉に導かれて皆の視線が男へと向けられた。
「……今はまだ無理のようですが」
視線に気付いた生田目は両腕で頭を覆い、更に奥へと逃げ込もうとしている。今の姿を見ていると、殺人を犯した人物だとはとても思えなかった。だがそれは事実だ。少なくとも菜々子をテレビに入れ、結果的にこの男が殺した。
菜々子の温かかった手を思い出す。病室で握りしめていた手から、ふっと静かに力が抜けた瞬間は、まだ孝介の手のひらに残っていた。
あの時、菜々子の命は終わった。狭い病室で苦しみながらこの世を去っていった。自分の命を分けてあげることが出来たらどれだけ良かっただろうか。なにも出来なかった自分を呪って呪って、それでも、もう菜々子は生き返らない。
孝介は不意に涙を落としそうになり、あわてて奥歯を噛み締めた。沈黙のなか、舌打ちを洩らしたのは陽介だった。
「……確かに、今こいつをどうこうしたって、全部すっきりすんのかわかんねぇか……クソっ」
そう言って苛立ちをこぶしに握りしめ、手のひらに打ち付けた。
「けどな、こいつが同じことを繰り返すのを防ぐ為なら、俺は出来ることはなんだってするぜ。いつだって、なんだってな」
再び鋭い視線がこちらに向いた。孝介はその視線を真っ向から受けた。
「……俺たちなら、いつでも殺れる」
「……」
「だから、今は考えよう。それも方法のひとつだろ」
しばらくこちらを睨み付けたあと、陽介は不意に鼻を鳴らした。
「ったく、呆れるくらいに冷静だな、お前」
「お前が先に突っ走ってくれたお陰だよ」
「ムカつく」
そうしてやっと深々と息を吐き出した。
「わかったよ。だったら、とことんまで考えようじゃねぇか」
「よかった……!」
見ると、千枝と雪子が手を握り合わせていた。孝介はようやくゆるんだ場の空気に安堵して、一度小さくため息を吐き出した。
「……わかんねぇこと残したまんまじゃ、てめぇでてめぇを騙したことになる、か……」
完二は自分に問い掛けるように呟いている。
「確かに筋が通らねえな……俺も納得っす」
そう言ってうなずいた後輩に、孝介もうなずき返した。
「みんなで考えよ。私も、一生懸命考えるからさ」
「そうだよ。あたしたちだって、気持ちはみんな花村たちと同じだよ。それに、今までだってずっと、みんなで乗り切ってきたじゃんよ。――ね?」
「うん」
応える雪子は、陽介に優しい眼差しを注いでいる。
「みんなで、ね?」
「……ああ」
仲間の言葉を受けて、陽介は視線を床に向けたまま一度うなずいた。それからもう一度深くうなずくと、
「そうだな。……そうだったな。悪かった」
そうしてみんなの顔を見渡して、小さく笑った。
「ありがとな」
孝介はこぶしを握ると、無言で陽介の肩の辺りに軽く当てた。陽介は苦笑を返してくる。
「んで、さっそくなんだけど――」
陽介が口を開いた瞬間、突然背後で病室のドアが開いた。
「うわあ! ちょ、君たちなにしてんの!」
入口には足立と共に担当医らしき男性の姿があった。部外者が大勢入り込んでいることを見咎めて、珍しく足立の表情が険しいものに変わった。
「入っちゃ駄目だってば!」
「うわ、ヤバ……っ」
「……よ、容疑者を見張っていたんですよ。外の警官は堂島さんのことで手一杯になりそうでしたから」
直斗の説明に、憮然としながらも足立は礼を言った。ちらちらと意味ありげな視線を送られたが、孝介も今は殊勝そうに頭を下げるしかない。医者はともかく安静が必要だと言い、部屋から出ていくよう孝介たち全員に命じた。
「戻ろうぜ」
陽介が言う。
「菜々子ちゃんのところに」
再び皆のなかに緊張が走った。孝介は素直に首肯した。今は出来ること、やるべきことをする時だ。大丈夫、現実は逃げていかない。
孝介は仲間の顔を見渡した。
「行こう」
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