佐久間がおかしそうに笑いながら背後に座り込んできた。月本はまだ浴衣を着たままだ。一瞬帯をほどいてくれるのかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。浴衣をめくり上げて内股をさすられ、月本はわずかに体を震わせた。
 うなじに唇が触れる。そのまま舌先で首筋を舐め上げられてくぐもった悲鳴を上げた。逃げようとすれば唇はしぶとく追いかけてきて、跡をつけるようにきつく吸い上げてゆく。その一方で空いた手が胸元をまさぐり続けていた。
 一つ一つはわずかながらも、身動きがままならないという事実が不思議と快感を増幅させた。時折佐久間がこちらの顔を見ておかしそうに笑うのが恥ずかしくてたまらず、顔を伏せれば、わざと敏感な部分に舌を這わせて月本はまた喉の奥で悲鳴を洩らしてしまう。
「ん……ぅ、…ん、ん…っ」
 体が熱くなっているのがわかった。息が苦しくて助けを求めるように佐久間を見たが、まるで値踏みをするかのような冷静な視線とぶつかり、その瞬間、屈辱と共に重い快感が下半身に走った。
 何故か佐久間は殆ど背後に居て手ばかりを伸ばしてくる。それが佐久間の腕であることはわかっていても、ふとした瞬間、本当に見知らぬ誰かに犯されかかっているというおかしな妄想が意識を支配した。嫌だ、と思えば感じてしまい、考えを見抜いているかのようにまた敏感な部分に触れられて、耳元での笑い声で我に返った。
 そっと布団に寝かされた。佐久間の舌が膝の辺りから内股へとゆっくり這うのに、思わず甲高い悲鳴をあげてしまった。
 乱暴にされるかと思えば時に戸惑うほどやさしく愛撫され、体はひどく敏感になっていた。もっととねだる口を封じられていることが辛くてたまらなかった。しがみつく腕が自由にならないことがもどかしかった。このままなにもわからなくなるほど滅茶苦茶に突っ込まれたら、どれほど気持ちがいいだろうとぼんやり考え、佐久間の手にまた体を震わせた。
 肝心の部分はずっとおあずけを食らっている。
 気が付くと目の前に佐久間の顔があった。月本は目の端からわずかに涙をこぼして佐久間をみつめた。
「突っ込まれてぇか?」
 うん、とためらうことなくうなずいていた。
 ――もうなんでもいい。
 なんでもいいから、とにかく楽にしてくれ、願うのはそれだけだった。
 佐久間は小さく鼻を鳴らすと月本の体をうつ伏せさせた。そうしてやんわりとものを握りつつ双丘の奥へと舌を差し込んできた。強烈な快感に思わず熱を吐き出してしまいそうになり、月本はあわてて息を呑んだ。そうしながらも先端をいじられ、奥へと指が差し入れられるのにどうしても悲鳴が上がり、逃げ出したいのかもっともてあそんで欲しいのか自分でもわからなくなってしまう。
 不意に手が離れたかと思うといきなり佐久間が侵入してきた。熱と挿入感に思わず身を引くと、その瞬間、佐久間に強く肩を押さえつけられた。
「んだよ、おとなしくしてろっつっただろ」
 興奮の為か、もはやからかいの口調ではなくなっている。そうしてやや乱暴に突き上げられ、月本は言葉にならない悲鳴を上げた。快感のなかにあるわずかな痛みですら心地良い。
 きつく目をつむり、自然と洩れ出るままに喉の奥で声を上げ、月本は快楽の波に酔い続けた。加減なく突き入れられると敏感な一点に触れて、声と共にまた涙がこぼれ落ちた。夢中で腰を振り、佐久間の荒い息遣いを遠くに聞きながら、最大限に快感を得られる場所だけを追った。
 そうして仰向けにさせられても、もう抗う力は残っていない。両足を抱えられて再び侵入され、佐久間の下卑た笑いをぼんやりとみつめている。
 また突き上げが始まった。白いもやがかかった視界のなかで快感に酔い続けていたが、不意にものをつかまれて月本の意識は現実に立ち返った。
「ん…、ん…っ!」
 激しい突き上げと同時にものをこすり上げられる感触は強烈だった。月本は首をのけぞらせながらほどなくして熱を吐き出した。ほぼ同時に佐久間も果てたらしい。わずかにうめき声を上げて肩を震わせ、ゆっくりと月本の体を布団に寝かせながら大きく息をついている。
 口元を乱暴に拭ってまたこちらの顔を見た。今更思い出したのか、月本の口に突っ込んだタオルを引っぱり出し、
「どうでした」
「……も、絶対にやだぁ」
「ウソつけ、すんげー感じてたくせに」
 まるでいたずらっ子のように笑いながら乱暴に頭を撫でてきた。


 普段から眠りは深い月本だが、慣れない場所だという緊張があったのか、そのうめき声にはすぐに気が付いた。
 部屋の明かりは全て消えていた。あわてて顔を起こしながら腕を伸ばして佐久間の姿を求めたが、その本人が布団から消えていた。
「……え、学さん…?」
「電気、つけんなよ」
 声は窓の方から聞こえてくる。月本は手探りでメガネを探し、なんとか暗がりのなかで佐久間の姿をみつけようとした。
 佐久間の吐く息は荒々しく、時折苦しそうにうめいている。
「え、どうしたの?」
「どうもしねぇよ」
 そう答える声が辛そうだ。どこか痛いの、と聞いても返事はない。こんな姿を見るのは初めてで、どうしたらいいのかわからず、月本は咄嗟に山田へ連絡を入れることを考えた。
「たいしたこっちゃねぇよ」
 安心させようとしているのか佐久間は素っ気無く呟くと、暗がりのなかをのろのろと歩いて月本の脇へとうつ伏せに寝転んだ。気が付くと佐久間が着ていた筈の浴衣は枕元に放り出してあり、本人は下着だけの姿となっていた。
「――よぉ、タオル濡らして背中にのっけてくんねぇか」
「わかった」
 電気つけていい? と聞くと、いいぞ、という返事。月本は枕元にある小さなランプだけをつけて、そのわずかな明かりを頼りに洗面所へ行き、タオルを濡らした。そっと広げて背中に乗せると、佐久間は安堵したように小さな息を吐き出した。
「……ね、どうしたの」
「たまにな」
 言いながら佐久間は煙草を拾い上げる。
「彫りもんが痛むんだよ。いてぇっつうか、熱ぃっつうか。二三日前からあんまし調子良くなかったんだけどよ、まさか今日に限ってこんなんなるたぁなあ」
 そう言って佐久間は苦笑し、また辛いのかわずかにうめき声を上げた。
 佐久間の体には背中一面、両肩と二の腕、腰から太ももにかけてと広範囲に刺青が施されている。そのなかで特に痛むのが背中なのだそうだ。真冬でもその熱は強烈で、我慢しきれずに風呂場で何杯も水をぶっ掛けることがあるという。
「だから背中さわるなって言ったの?」
「……あれぁ、強姦ごっこがしたかったんです」
「も、バカっ」
 呆れて月本は尻を叩き、あにすんだよと乱暴に頬をつねられた。煙草をもみ消した佐久間はタオルを渡すとまた窓際へ行って背中をつけた。月本はしばらくのあいだ途方に暮れたようにタオルを握りしめていたが、やがて「ちっと来いや」と呼ばれてタオルを放り出し、無言で佐久間の前に立った。
「あー、くそっ」
 佐久間は吐き捨てるようにそう言うと、いきなり月本の体を抱き寄せた。月本は窓ガラスに片手を付き、それがずいぶんと冷たい感触であることに初めて気が付いた。どうやら外は冷え込んでいるらしい。
 なにか言葉をかけようとして月本は口ごもる。なにを言っても役には立たないとわかりきっている時に、無駄に話しかけられる方が迷惑だろう。だからきつく唇を噛んで黙っていた。強く抱き寄せられればそれに従い、時折佐久間の吐く深いため息を、自分のもののように聞いていた。
「あー、くそっ」
 佐久間はじっと耐えている。二十代の頃から二代目という看板を背負い、三十名以上も居る構成員の主として誰に対しても弱みを見せずに居る男が吐く言葉は、粗雑ながらもひどく重い。
 ――なんか、もういいや。
 佐久間の呟きを聞いているうちに、月本は自分の悩みがくだらないもののように感じられてきた。
 ただのおまけだろうが甘やかされているだけだろうが、佐久間が自分を必要としてくれているのなら、それだけで自分は生きていける。一年以上も昔、好きだという言葉を受け入れてくれた、その時に自分の人生は佐久間を抜いては考えられないものになっているんだ――。
「お前、寝ててもいいぞ」
 不意に腕の力を緩めて佐久間が言った。
「学さん寝るまで起きてる」
 そう言って月本は軽く唇を重ねた。
「どうせだから、立ったまんますっか」
「バカ」


 朝食も、出立の時刻も特別に遅くしてもらったらしい。あれからほどなくして二人は布団に戻ったのだが、それでも十時近くまで眠りこけていた。そもそもヤクザの生活が基本的に昼の起床なのでどうしても世間の基準とはずれてしまう。
 目を醒ましたあと、せっかくだからと佐久間を連れて再び露天風呂へ入りに行った。まだ痛みがあるというので佐久間は足しかつけていなかったが、それでも辺りの景色にしばらく見入っていた。
「どうぞお気を付けて」
 玄関先で女将を始めとした従業員一同が見送ってくれた。
「お世話になりました」
 山田は硬い表情ながらも女将に向かって深々と頭を下げた。
「さぁて、いよいよお待ちかねのラーメンですな」
 昨晩のうめきなどなかったかのように佐久間は元気そうだった。車で町へと向かいながら、あのババァで客から金を取るのはどうだと山田と楽しそうに話をしている。
「お前ん家って、どの辺だ?」
 信号待ちをしている時、佐久間が突然山田に聞いた。
「ここから十分ほどですよ」
「あっそ。んじゃ、行ってください」
「え……、自分の家に…ですか?」
「おぉ。お前ん家のお袋さん宛てに預かりもんしてんだわ。届けに行かねぇと」
「……」
「おら、あにぼーっとしてんだよ。信号青だぞ」
「…はい」
 月本は驚いて佐久間の顔を見た。佐久間はちらりと月本を見返し、そうしながらも素知らぬ顔で煙草をふかしている。
 車は住宅街のなかへと入り込んだ。やがて道端に車を止めると、「あの茶色の屋根の家です」と山田が小さな声で言った。
「誠、土産貸せ」
「はーい」
 月本は助手席に置いておいた土産の袋を引っ張り上げると佐久間に向かって開いてみせた。佐久間はそのなかの一つを無造作に拾い上げ、バッグのなかから茶封筒を取り出すと、運転席に座る山田へと押し付けた。
「オメーの伯母さんからだってよ」
「……」
「早く行ってこいよ」
「……はい」
 山田はすぐに戻りますと呟いて車を下りていった。スモークの貼られた窓ガラス越しに、月本は山田のあとを目で追った。山田はゆっくりとした足取りで家へと近付き、まるで爆発を恐れているかのように怖々と呼び鈴を押した。しばらく間があり、もしかしたら誰も居ないんじゃないかと思った頃、不意に扉が開いた。
 扉に隠れてなかの人物は見えなかったが、山田の腕をゆっくりと握りしめた手は、確かに女のものだった。
「知ってたんだ」
 佐久間の肩にもたれかかりながら月本は呟いた。
「あにがー?」
 俺ぁ頼まれただけっすよ、と呟いて肩を抱き寄せてくる。そのまま月本の髪を梳き、同じように山田の姿をみつめながら、「死んじまったら孝行なんざ出来ねぇもんなぁ」と呟いた。
「生きてるうちが華だよな」
 そしてどう生きるかも、また様々だ。


流れにたゆたう/2006.01.31

2006.02.13  一部加筆訂正


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