佐久間の部屋は相変わらず煙草の匂いが強い。スマイルはかすかに眉根を寄せて上着を脱ぎ、コタツに足を入れる。
 しばらくのあいだ、二人とも殆ど喋らない。
「ビールと焼酎、どっちがいい?」
「…どっちでもいいよ」
 そもそも酒を飲みたい気分でもないのだが、家主の命令に逆らうことは出来ない。スマイルはただコタツのなかに両手を突っ込み、佐久間が目の前にビールの缶を置くのをぼんやりとみつめた。やがてコタツから手を出して缶のフタを開け、一口二口、美味いとも思わずに飲み干してゆく。
 部屋はひどく静かだ。
 佐久間はなにも言わずに煙草をふかしながらビールを飲んでいる。スマイルもなにか喋ることはせず、ただ缶の中味を空けていく。時折なにか言いたそうに佐久間がこちらを見るのがひどく気にかかったが、スマイルはその視線に気付きながらも逃げることはせず、勿論迎え入れることもしない。石のように固まって、じっと、ただそこにあるだけだ。
 やがて佐久間があごに手をかけ、口のなかに親指を突っ込んでくる。スマイルは佐久間の手首の辺りを見下ろしながら機械のように舌を動かす。息が苦しくなって口を閉じようとすると無理やりにこじ開けられる。口を半開きにしたまま、わずかによだれを垂らし、それでも佐久間の指は引いていかない。
 屈辱に怒りを覚えながらも、スマイルは抵抗しない。その無反応が唯一の反抗の表現だ。
 不意に佐久間の手が髪を梳いた。その感触にふと懐かしさを覚え、思わず情に流されそうになるのをスマイルはぐっとこらえている。なにが目的なのかわからずにただ体を重ねながらも、好ましいと感じてしまうその感触にはいつも泣きそうになる。
 ――なんでそんなことするんだ。
 やさしくなんかするな。
 やり場のない苛立ちを抑えながら、スマイルはただ舌を動かし続けている。
 始まりは、だいたいこんな感じだ。


 電灯を消し、オレンジ色の豆電球が灯るなかで、二人の息遣いだけが響いている。佐久間はうつ伏せになったスマイルの腰をつかみ、ただ突き上げ続けている。それが快感へと導くものなのかすら既にわからない。ひどい苛立ちを覚えてスマイルの髪を乱暴につかみ、
「声出せよ」
 スマイルはシーツを握りしめて声を殺している。
「声出せっつってんだろ」
「……っ」
 わずかに拒否の印としてスマイルは首を振った。佐久間はスマイルの頭を布団に押し付け、腹立たしさと共に腰を打ちつけた。
「……ぁ…っ」
 ふと暗がりのなかでスマイルの表情がゆるむのが見えた。その瞬間、佐久間は動きを止めてものを引き抜いた。そうしてスマイルの腕をつかんで体を起こす。
「上乗れや」
「……」
「早くしろよ」
 布団に腰をおろして、佐久間はただ待ち構える。スマイルは佐久間のものに手をあてがい、ゆっくりと腰を沈めてきた。
「……ん…っん、」
 なにかを振り切るようにスマイルは首を振り、何度も何度も深呼吸を繰り返す。佐久間はいたずらをするかのようにスマイルのものへと手を伸ばした。
「や…!」
「動けよ」
 押さえつける手をつかんで離し、素っ気無く言い放ちながら佐久間はやわやわと手を動かす。佐久間の肩に両手をかけて呼吸を整えると、スマイルは静かに腰を上げ、深くおろした。
「は……ぁ…!」
 ――感じてんだよな。
 前と後ろを同時に刺激されて、声を殺そうとしながらもスマイルは無意識のうちに悲鳴を洩らしていた。肩に置かれた手がまるで苦痛を耐えるようにしがみついてくるその感触に、佐久間は陶然となり、同時にひどい寂しさを感じている。
 ――スマイル。
 怖くて声をかけることすら出来ない。
 ――俺のこと見ろよ。
 想う誰かと違っていることを悟られるのが怖くて声がかけられない。
「や、だぁ…っ、…や…っ」
 オレンジ色の光に照らされながら、どことも知れぬ場所を眺めている茶色の瞳をじっとみつめる。うつろな表情でただ快楽に溺れ、それでも自分の存在だけをきっぱりと拒否するその視線に、ひどい嫉妬と苛立ちを覚えた。
「あ…、あ…!」
 ――俺のことだけ考えろよ。
 下から強く突き上げ、まるで抵抗するように首を振り続けるスマイルの髪をわしづかみにして無理やり口付ける。涙ぐんだ目が一時だけ互いに絡み合い、そのまま快楽に導かれるようにして腰を振るその身を抱きしめたくてたまらなくなる。
「や…ぁ、あ…っ!」
 嬌声が一段と高いものになり、背中に這わされた手が爪を立てるのを、恍惚のさなかで佐久間は感じている。
 ――俺のこと見ろよ…。


 熱を吐き出した瞬間は、ひどく悲しくてたまらない。
 スマイルは茫然とした心持で部屋の隅をみつめ、そのまま静かに呼吸が整うのを待っている。だいぶ慣れたとはいえ、やはり腰の痛みはひどく辛い。
 それでもいつまでもこうしているわけにもいかないので、仕方なくのろのろと体を起こす。その時佐久間が不意に振り返り、ひどく乱暴にスマイルの胸を押しやった。
「……っ」
 言葉もなく見返すと、佐久間はスマイルの上にのしかかるようにしてその顔をじっと見下ろしていた。思わず顔をそむけ、
「…なんだよ」
 吐き出したものがまだ胸にかかっている。佐久間は突然そこへ手を這わせ、胸の突起をもてあそんだ。
「……!」
 スマイルは悲鳴を押し殺し、まだ続ける気かと困惑気味に振り返る。
 佐久間は身を寄せて胸に舌を這わせていた。それが時折敏感な一点に触れ、思わずスマイルは身を震わせる。息を殺し、ただ佐久間の動きを観察する。
 やがて熱を吐き出したばかりのそれに手が触れ、ついで舌で舐めあげられて、
「な…っ」
 感覚の鈍くなっている筈のそれはわずかな舌の感触に再び反応を示し始めている。スマイルは口に手を当てて悲鳴を押し殺し、
「……なにしてるんだよ」
 うめくようにしてそう聞いた。
 佐久間は暗がりのなかでふと身をもたげてじっとスマイルの顔をみつめた。
「食ってんだよ」
 そうして、また舌を這わせる。スマイルは悲鳴をかすかに洩らしながら頭を振り、
「…バカじゃないの…っ」
「おお」
 佐久間の返事は、どこか遠くで聞こえた。


穴の中/2004.11.04

  2004.11.05 一部加筆修正


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