濁【ニゴル】:
にごる。にごす。にごり(ア)水が澄んでいない(イ)明らかでない(ウ)音がさえない(エ)だみ声(オ)けがれる。けがす。けがれ(カ)みだれる。みだす/にごす。ことばをあいまいにする/にごり(ア)濁り酒の略(イ)濁音の略/
「春、だな」
孔はブランコの手前にある柵に腰をおろして、三分咲きの桜の木を見上げながらそう呟いた。少し離れて隣に座る風間はその呟きを受けて、ああ、と短く答えた。
「桜が咲いたら、春でいいのか?」
「まあ、そうだな。本格的な春が来たと言っていいだろうな」
そうは言うものの、遮るもののない公園には肌寒い風が吹き渡っていた。孔は軽く身をすくませて足元へと視線を落とし、コーラを飲んだ。飲みながら、やっぱコーヒーにしときゃ良かったなと後悔する。
「花曇りだな」
風間が空を見上げてぽつりと呟いた。
ハナ、は聞こえたが、そのあとがはっきりしなかった。聞き返そうとしたがやめておいた。そうして風間の真似をするように空を見上げた。さっきまで薄く日が射していたのだが、いまや空は完全に雲で覆われてしまっていた。春とは言っても名ばかりのようである。
特にたいした用事もなかったのだが、バイトが休みの今日、風間に電話をして買い物に付き合ってもらった。藤沢で待ち合わせてブラブラと店を回りながら服を買った。風間は見るだけで興味は示さない。無理に付き合わせて悪かったかなと思いながらも、わざわざ呼び出してしまった手前、帰ってもいいぞとは言えずにさっきから困っていた。
それに、帰られても困る。
『君のことが好きなんだ。それだけだ』
その言葉を聞いたのは十日ほど前。今までに一度電話をもらい、会うのは今日で二度目だ。どちらの時も孔が誘った。前回も別に用事があったわけじゃない。ただ会いたいと思って連絡をした。だけど素直にそう言うのは恥ずかしいから適当な理由をつけた。風間はなにも言わない。文句もないし、嬉しいとも言わない。
――俺、なにやってんだろ。
顔が見られれば嬉しいと思う癖に、次の瞬間にはどうしたらいいのかわからなくなる。会うんじゃなかったと後悔すらする。変に一人で浮かれているのが悔しくてたまらないのに、別れた瞬間にはまた会いたいという気持ちが湧き上がる。それを上手く言葉に出来ず、結局あれこれとどうでもいい理由を考えることに時間を費やしてしまう。
バカみたいだと頭ではわかっていても、自分ではどうしようもない。結局のところ、本当に望むことは一つだけなのだ。
「風間はなにも買わないでいいのか」
「特にはないな。君の方こそ、ほかに買い物はないのか?」
「もういい」
そうして、時間は平気かと聞いた。風間がうなずくのを見て孔は立ち上がる。少しためらったあと、風間の腕を引っぱった。
「飯をおごる。買い物に付き合った礼だ」
「構わんよ、そんなこと」
「礼をする。……もう少し付き合え。部屋に来い」
そう言って、返事も聞かずに孔は歩き出す。風間の腕を握ったまま少し歩き、公園の出口辺りで手を離した。離した瞬間、もっと触れていたいという気持ちが湧き上がる。もっと触れてくれと強く思う。
結局は風間の温もりが恋しいだけだ。
――なんだよ、これ。
恥ずかしくてたまらない。バカバカしくて情けなくなる。なのにその想いだけは歴然と心の内にある。それをどう伝えればいいのかわからなくて、おかしな口実を設けて風間を呼び出し、罪悪感ばかりを胸に溜めている。
「嫌か」
「まさか」
風間が首を振るのを見た瞬間、また後悔が押し寄せてくる。
――頼むから笑わないでくれ。
頼むからやさしくしないでくれ。
本当に嬉しくて、悔しくて、悲しくて――どうしたらいいのか、わからないんだ。
孔:辻堂コーチ二年目四月/2005.04.24