身【ミ】:
 みごもる。はらむ/(ア)からだ(イ)木の幹(ウ)物のなかみ。本体(エ)刀のやいば/みずから。われ。じぶん。おのれ/人格/自己の才能・行い/


 道の角を曲がってスマイルは更に先へと進む。吐き続ける息は荒く、体を取り囲む冷たい空気の存在の意識は既にない。
 今が冬だなんて信じられなかった。
 朝、小泉と共に走るよりは、こうして日暮れののちに一人で気ままにロードワークをする方がスマイルは好きだった。自由にどこへでも行ける。どこまでも走れる。息が続く限りは走ってやろうと、真っ白になった頭のなかで考える。そうしながらも、どこまで走れば許されるんだろうと、ふと思う。
 六月のインハイ予選で孔に負けて以来、スマイルは小泉の言いなりとなっていた。ただひたすら練習に明け暮れ、ランニングに明け暮れ、それこそ機械のように毎日を過ごしている。
 誰かに与えられた命令をこなすのは、楽でいい。なにも悩まずに生きていける。繰り返しやってくる「自由」という名の日々をどうやって過ごそうかと思い煩うこともなくなった。ある意味孔に感謝しなければいけないのかも知れない――たとえ負けたのが自分のせいであったとしても。
 それでも時々、スマイルはなにか物足りなさを覚えて立ち止まってしまう。疑問を覚えて足を止める。見上げると、そこには神社があり、そこには過去の自分たちが居る。
『強いの?』
『無敵だよ』
 なにが疑問なのか自分でもわからない。あの時、誘いに乗ったのは自分の方だ。ペコはきっと誰でも同じように誘ったに違いない。自分だけにやさしくした筈はない。だから、選んだのは、自分の意思だ。小泉との賭けに乗ったのと同じように、自分で選んだ。その筈なのに。
 ――どこまで行けばいいんだろう。
 スマイルは冷たい風の吹きつける石段を昇る。そうして神社のお社の前へと歩み寄る。そこにはお面をかぶったヒーローが座っていて、――あの頃のままだ、なにも変わっていない――じっと、スマイルの姿を見上げている。
 ――でも、誘ったのは、ペコだよね。
 誘いには乗ったけれど、そうやって声をかけたのは君の方だ。
『一緒にやるべえよ』
 手も差し出さず、殆ど振り返ることもなく、ただそう言ってペコは笑った。立ち上がったのは自分の意思だ。いつだってずっと先の方を楽しげに歩いていて、その背中を追いたいと――何故か、思ってしまったのだ。
 ――どこまで行けばいいんだろう。
 今、先を歩く人影はない。なにも見えないままの真っ暗な道を、スマイルはただ走っている。今が冬であることも信じられないほど熱い息を吐き、誰かに引っぱられるままに意味もわからずただ高みを目指して、走り続ける。
 何処まで行けばいいんだろう。
 ゴールの見えない真っ暗な道を、スマイルはまた今夜も走る。機械のように、想いを捨てて、思考を捨てて、ただ闇雲に。誰かが無理矢理にでも終わらせてくれないかと、「早く来いよ」と言ってくれないかと、無意識のうちに思いながら。


スマイル:片瀬高校一年冬/2004.04.22


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