「ただし、僕は向上心のない人が大嫌いだ。そういう意味では僕は厳しいよ」
「…あっちだって厳しいくせに」
「ペコが誘うからいけないんだよ。本当に一年も我慢したのにさぁ」
「だって…したかったんだもん、ジェイと」
 そっと顔を上げてそう言うと、ジェイは嬉しそうにペコの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
 どうしてジェイが相手だと、こんなに素直に気持ちが言えるのか、ペコは不思議でたまらなかった。共に暮らしていたせいで情が移ったというわけじゃない。そうさせるなにかが――それこそ懐が深い、とでもいうのか――ジェイにはあるのだ。
「早くジェイぐらいまで歳取りてぇなぁ」
「さっきの話の続き? 気持ちはわからないでもないけど、僕としては若い男の子をもてあそぶ楽しみがなくなっちゃうのは、寂しいなぁ」
「すけべ!」
「知ってるくせに」
 くすくす笑いながらジェイは唇を重ねてくる。両手をジェイの首に回して深く舌を絡め合いながら、俺が幸せになる為にはどうしたらいいんだろうと、ぼんやりペコは考えた。
 俺の幸せって、なんなんだろう?
「気を付けろよ、ペコ」
 唇を離すと、急に真面目な顔になってジェイが言った。
「全ては簡単に失われるぞ。悲しいけど人間は愚かだから、失ってからそれを手に入れていたことに気付く時が多い。二度と手に入らないとわかってから欲しがっても、もう遅いんだ。いつでも覚悟しておけ」
「覚悟?」
「そう。自分はいつだって選択を迫られてるという自覚さ。神様は意味のないことなどなにもしない。全ての出来事にはきちんと理由があるんだ。…まあ、なにを選んでなにを捨てるのかはその人の自由だけどね。――というわけで、選択問題その一」
「あに」
「もう一ラウンドいきますか?」
「…自分がしてえんだろ」
「人生の達人への入口だよ。自分で選ぶ」
 そう言ってジェイはおかしそうに笑い、それでいてどこか真剣な眼差しでペコをみつめている。その目を見た瞬間、
 ――ああ、そうか。
 ペコは思った。
 ――自分がきちんとしなきゃ、相手をきちんと見れないんだ。
 ペコは少し考え込むフリをしたあと、不意にジェイの顔を抱き寄せて、
「する」
「いい子だ」
「子ども扱いはやめろよなぁ」
「そう言うのが子供の証拠だよ」
 ジェイは笑いながら唇を重ねてきた。そうしてジェイの舌の動きに甘い声を洩らしながら、ずっとペコはジェイの言葉を考えていた。
 ――神様は、意味のないことなど、なにもしない。
「辛くなったらどうすんの…?」
 不意の呟きに、ジェイは顔を上げた。
「神様恨んだって、死んだ人は戻らねえしさ、他人の幸せ祈るだけで、それで辛くないんかよ」
「……」
「寂しかったりとか、しねえの?」
「…するよ」
 ジェイは小さく笑ってペコの頭を撫でる。
「時々ね。居なくなった人のことを思い出して、寂しくなる。そういう時はたいてい後悔してるんだ。なんであの時もっとやさしくしなかったんだろうとか、なんであんなこと言っちゃったんだろうとか…だから言っただろ、いつだって選択を迫られてるんだって。人生は選択の連続だ。二度と後悔しない為に、後悔する経験を与えてくれた。亡くなった人は、それを教える為に、僕の為に死んだんだ。だから命は無駄に出来ないんだよ」
 そっとキスをして、
「だから今、一生懸命生きるんじゃないか」
「……」
 何故かまた泣きそうになって、ペコはジェイの首にしがみついた。そうして静かに息を整えて、そっと顔を上げ、やさしいキスをねだる。
「俺、ジェイが好きだ」
「ありがとう」
 ペコの体をベッドに横たえ、そっと髪を撫でながらジェイは笑う。
「じゃあ僕の為に、いっぱい幸せになるんだぞ、ペコ」
「…うん」
「とりあえず今夜は、僕が幸せにしてあげよう」
 そう言ってジェイはペコの上に覆いかぶさる。苦笑しながらキスを受けて、ごめんなスマイル、とペコは思った。
 ――ごめんな、俺、お前もジェイも好きだけど、
 どっちも、比べようもないほど好きだけど。
 ――だけど、それ以上に好きなものがあって、手放せねえや。
 悲しくなりながらも、どこか嬉しくてたまらない。ジェイの腕に翻弄され、甘い悲鳴を洩らしながらペコは思う。
 ――卓球の為だったら、俺、平気でお前を捨てられる。
 夢の為なら誰を蹴落としてでも突っ走る。ようやく本心からそう思った。
 嬉しくて、なのにどこか悲しくて、悲しいくせにやっぱり嬉しい。何度もジェイにキスをねだって、ただ純粋にジェイの体を楽しみながら、人間て変なの、そうペコは思った。

  −ただそれを想う 了−


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