――なんで俺、こんなところでこんなことしてんだろう。
 そんな素朴な疑問を頭の片隅に浮かべながら、ペコは片手を口に当てて洩れ出る声を必死になって抑えていた。それでも時折、口の端から洩れてしまううめき声をおかしがるように、スマイルは舌先でペコのものをあおり続けている。
 場所は片瀬高校第二体育館。の、更に内部に設置された体育館倉庫。
 都合よく半分にたたまれた運動マットに寝かされて、ペコは部活用の青の短パンも、ついでに下着も脱がされ、スマイルのされるままになっている。
「や…っも、スマイ、ル…」
「なに…?」
 ペコのものから口を離すと、スマイルはおかしそうにそう聞いた。
 横たわったペコの隣にのっそりと細長い体を横たえて、それでも手にはしっかりとペコのものを握り、まるで機械のように手を動かし続けている。昔からロボットとあだ名されていた彼にぴったりの仕種だ。
 けれどただの機械ではない証拠に、スマイルの手の動きは稚拙でありながら非常に細かい。敏感な一点を刺激され、ペコは限界に達しようとしていた。口を押さえながら目の端に涙をためて、ペコは嫌々をするように小さく首を振る。
「ねえペコ、なあに? 言わなきゃわからないよ」
 耳元でそうささやくスマイルの声はかすかに笑っている。耳が弱点であることを知りながらわざとやっているのはペコにもわかっていた。
 ――こいつ、絶対サドだ。
 潤んだ瞳で訴えるようにしてスマイルを見上げながら、心の底でペコは確信した。
「も…出る…っ」
 そう呟いて、顔を隠すようにスマイルの着ているポロシャツにしがみついた。空いている手で慰めるようにスマイルが頭を撫でるが、その手が興奮の為にわずかに温度が高いことすらペコには感じられた。同じように嫌というほど自分の体も熱くなっていて、その原因がこの目の前の友人にあることが、未だにペコには信じられない。
 去年の十二月、自分の誕生日の頃、スマイルの家に押しかけて酒を飲んだ。自分の家では父親がうるさくて飲めない為に自らせがんだ飲み会だった。
 ペコにとってはただの飲み会で終わる筈だった。酔っ払ったスマイルがその一言を口にさえしなければ。
『好きだよペコ』
 スマイルはそう言ったのだ。酔っ払った勢いで出た言葉とはいえ、そこに真実がないわけではなかった。そう言われてしまうと、長いこと友人をやっていた自分だ、別に嫌いなわけではない。けれどスマイルが求めるように自分も彼を求めているかというと、それはかなり疑わしい。
 ファーストキスを奪われ、あまつさえその後、とても口では言えないようなことをしたりされたりするようになってから、約三ヶ月。スマイルは隙さえあればペコを求めてくるようになった。
 物陰でのキスは日常茶飯事、下手に餌に釣られて部屋へ行けば翌朝まで帰るのは難しいという状態である。しかも今日はよりによって体育館倉庫…。
 今日は二年生三学期の終業式の日だった。春休み中は部活がなくなるので、広い体育館で打つことがしばらく出来なくなる。別にタムラへ行けば台はあるからいいのだけれど、やはり邪魔者の居ない場所で楽しく打ちたい。そう思って、ついスマイルを誘って放課後の体育館へと来てしまったのだった。
 まさかこんなことになるなど、一体誰が予想しただろう? 俺はただ卓球がしたかっただけであって、別にスマイルとこんなことをしたくて居残ってるわけじゃない――内心そう吐き捨てながらも、もはや限界の一歩手前に居るペコの意識は、ただ一つのことだけを考えている。
 ――イキたい。
 ペコはもうわけがわからなくなって、スマイルの胸のなかに逃げ込みながら小さく悲鳴をあげ続けていた。
「やっ…やだ、や…も、駄目…っ」
「いいよ、出して」
 自分の口がこんな言葉を吐くようになるなんて。スマイルにこんなことを言われるようになるなんて。それでもペコはスマイルの言葉に安堵して、ただ導かれるままにスマイルの手のなかに精を吐き出した。悲鳴とも泣き声ともつかないうめきがペコの口から洩れて、熱い息を吐きながら硬直させていた体からゆっくりと力を抜いてゆく。
 スマイルがそっと唇を重ねてくる。それに応える気力すらない。
「…エロオヤジ」
 ペコが涙声でそう言うと、スマイルは嬉しそうに小さく笑った。
「ペコのせいだ」
 ――まただ。
 スマイルにそう言われるたびに、ペコはどうしていいのかわからなくなる。それはスマイルにとっては最大級の愛情表現らしいのだが、言われるペコは、その言葉を聞くたびにスマイルのことが怖くなる。
 滅多に喋らず感情を表わすことのなかったこの友人が、この台詞を吐く時だけは、どういうわけかひどく強引で、どこまでも自分を求めて止まなくなる。
 ペコは不意に体を震わせた。止まっていたスマイルの手が再び動き始めて、双丘のあいだに忍び込んできたのだ。
「ちょ…待てよ、…あっ」
 体の最深部にスマイルの指が触れて、こそりとくすぐりながら奥へと侵入してくる。
「ちょっ……待てってば…っ」
「駄目」
「おま、ここどこだか…ん、んっ」
 なかを探るように持ち上げられた指の動きに反応して、ペコは背中をのけぞらせた。ペコに腕枕をするようにしながら、スマイルはその反応を楽しそうに眺めている。
「体育館倉庫だね」
「わかっ…てんなら…っや、」
「嫌なの?」
 耳元でくすくす笑いながら確認してくる。嫌だよ、と言おうとして、言葉がため息に変わる。顔をそむけてペコは再び手で口を押さえた。こんなところを誰かに見られたらたまったもんじゃない。なんでこいつにはそういう常識的な頭がないんだろう? でもきっとそれを言うと、またお決まりのように魔法の呪文が返ってくるに違いなかった。
『ペコのせいだよ』
 指の数が増えた。ペコはそれでも快感を覚えてしまう自分が嫌で、そんなことを思わせるスマイルを嫌いになりたいといつも思う。思う癖に、体は本当に正直で、スマイルの指の動きに反応して、さっき達したばかりの自分のものが再び熱を持ち始めていることにペコは気付いた。悟られないようにと必死に顔をそむけても、どうしたってなにをしたってスマイルにはわかってしまう。
「感じてるよ、ペコ」
「…言うなバカっ」
 そうしてまたくすくす笑う。
「やっ…ホント、やだ…っ」
「駄目。ペコだけ気持ち良くなって、ずるいよ」
 そういう問題じゃねえだろ、と思わずスマイルを睨んだが、下半身のうずきのせいで目から力が抜けてしまう。それはスマイルにとってみれば、潤んだ瞳で「もっと」とせがまれているように見える視線だった。
 嬉しそうに微笑んで唇を重ね、うめき声が洩れるペコの口のなかでその舌を探り、もてあそぶように絡めては吸う。ペコもすがるようにスマイルの首に抱きついて、同じように舌を絡め返す。それが快感の為なのか逃避の為なのか、ペコ自身にもわからない。
 こんなふうに快感の波に呑まれる自分を、ペコはいつも遠くから他人事のように眺めている。ペコのせいだ、そう言われるたびに、じゃあもっと感じてやれば喜ぶのかよと投げ遣りのようにも思ってしまう。そうして、俺は本当にこいつが好きなんだろうかと、あらためて疑問になるのだった。
 古い友人だ。本当に子供の頃からの付き合いだ。まるで石のように喋らず、他人に迎合せず、かといって突き進むべき自分の道を持っていなかったスマイルに、ペコは卓球という道しるべを与えた。それは別に自分に倣えと命令したわけではなくて、面白ければお前もやってみろよという軽い気持ちだった。
 ペコは、ずっと卓球が好きだった。まだ小学校に上がる前からペコにとって人生とは卓球だった。自分が面白いものを同じように面白がってくれる仲間が居るなら、それは嬉しい。一人でも二人でも仲間が増えれば、もっと嬉しい。ただそれだけだった。
 スマイルは卓球を続けた。どこまで本気でどこまで楽しんでいるのかは正直謎だったが、それでも去年のインハイ予選で自分と優勝を争い、のみならず本戦でもベストエイトに残るほどの腕前を持つに至った。
 スマイルは、仲間だった。それだけだ。今でもそれは変わっていないような気がする。だからこんなふうに自分の認識を超えて目の前に存在されてしまうと、どうしたらいいのか全くわからなくなってしまう。
 好きかと聞かれれば、
 ――嫌いじゃねえよ。


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