興奮して呟きながら風間は不意に体を起こした。そうして乱暴に孔の体をベッドに押し倒し、両手をつかんで片手で縛め、更にもう片方の手で口を押さえて声を消した。
「ん…っ、…んぅ…っ! んっ!」
「ずいぶん感じているな。乱暴にされるのが好きなのか?」
「んんっ、…んっ!」
 孔は必死になって首を振った。自由にならない両手をもどかしげに引き、そうしながらも、ひどくきつく風間のものを締め上げる。
「今度道端で犯してやる。大勢の人間がお前のいやらしい姿を見るんだ、相当興奮するだろうな」
「んっ、ん…っ! …ぁっ、やだぁ…!」
「うそをつくな、見られたいくせに」
 風間は髪をつかんで唇を重ねた。激しく舌を絡めながらも、互いの体がひどく熱くなっていることを自覚してはいなかった。
「あんっ! あっ、あっ! …あっ、もっとして…! もっと、突いて…ぇっ、…あぁ!」
 両手で孔の腕を押さえながら風間はどこまでも突き上げる。のけぞらせた首筋にかぶりつき、きつく吸い上げ、そうして息を乱しながらもうそのようにやさしい声で、
「孔」
 名前を呼んでは唇を重ねた。
「愛している」
「…あっ、…あぁっ! 風間、かざま…っ!」
「愛している…」
 もはやなにも考えられないまま二人は腰を打ちつけ、絶頂へと向かう。もどかしげに孔の足を押し上げ、しがみつく手が背中を傷つけるほどに風間の突き上げは激しくなった。ひどく熱い孔のなかへとただ押し入り、自らも熱を共有しようと――永遠にこの時が続けばいいとひたすら願いながら――快楽の深い海のなかで、共に獣のように互いをむさぼりあった。
「あんっ! あっ…ん! やんっ、も…イク…っ、イクぅ…!」
「勝手にイクな」
「やだ…っ、も…許し、て…っ! あ…ぁ…っ! あぁっ…!」
 孔の体が激しく痙攣し、痛いほどに締め上げられて、二人は共に熱を吐き出した。
 かすれた声で消え入るようなか細い悲鳴を、孔が吐き出し続けている。流れ落ちる汗で孔の体を汚し、暗がりのなかで互いの匂いが強くなったことをかぎ取りながら、どうにかしてこの男の体に自分を刻み入れることは出来ないものかと、鈍い意識の底で風間は考えた。
 荒い息を吐き出しながら唇を重ねて、激しく舌を絡めあった。わずかに残る陶酔の余韻にひたりながら、風間はそっと孔の髪を撫で上げ、そうしながらも、殺してでもいい、手に入れてしまいたいと本気で思う。
「…殺していいか」
 そう聞きながら風間は孔の首に両手をかけた。
 わずかに乱れた息を吐き出しながら、孔はそっと手を伸ばして風間の髪にしがみつき、
「殺すなら、もう一回、して」
「……」
「もう一回、イった時に、殺して」
 そう言って小さく笑った。
「…構わんのか」
「いい」
「本気だぞ」
「風間なら、いい」
 そうしてまた笑い、
「もっと気持ち良くしてくれたら、いい」
「…それはたまらんな」
 そう呟いて風間は苦笑し、くつくつと笑いながら、不意に涙をこぼした。
 あわてて嗚咽を噛み殺しながら孔の体を抱きしめ、抱き返され、慰めるように髪を撫でられながらしばらく泣いた。やがて呼吸を整えてそっと孔に口付けし、
「愛している」
 小さく呟いた。
 孔は無言のまま風間の髪を手で梳き、そっと顔を引き寄せて唇を重ね、
「私もだ」
 消え入るような声でそう言った。
 暗がりのなかでしばらく孔の顔を見下ろしていたが、やがて、また風間は苦笑する。
「なんだ」
「…いや、」
 笑いをおさめながら、
「この一言を言う為に、二年近くも時間がかかったなと思ったら、なんだかバカらしくてな」
「本当だな…」
 そうして二人は暗がりのなかで小さく笑いあった。
 何度も唇を寄せては口付けを交わし、幸せの余韻にひたる。あれほど切望していた温もりがこんなにも簡単に手の内にあることが、風間にはなんだか信じられなかった。ほんの少しのきっかけで全ては簡単に変わってしまう。一瞬は呆気なく過ぎ去りながら、驚くほど確実に永遠を残している。
「生まれて初めて神に感謝したい気分だ」
 孔の体を抱きしめながら風間は呟いた。孔はふと顔を上げて、
「知らないのか、風間?」
「なにがだ」
「神様は居るんだぞ」
 なにをそんな当たり前のことをと言いたげな口調で、素っ気無く孔が言う。風間は小さく笑いを洩らして、
「――今、初めて実感したよ」
 そう言ってまた唇を重ねた。
 唇を離して暗がりのなかでみつめあい、互いに髪を梳くうちに、やがて孔はぎゅうと風間の首にしがみついた。
「孔」
 互いにつながりあったまま、温かな孔の体を抱きしめて、そっと耳元で名前を呼ぶ。そうして風間はもう一度、想いの全てを込めてささやいた。
「愛しているよ…」


 なにに眠りを妨げられたのかはわからなかった。鳥のさえずりか、新聞配達のバイクのエンジン音か、ともかく風間は目を醒まし、腕のなかで眠る孔の黒髪をじっと眺めた。
 部屋のなかはまだ薄暗い。気温も低く、むき出しになっている肩へと指先だけで毛布を引っぱり上げて、再び温もりに包まれた。
 目を醒ましたのは寒さのせいかも知れない。
 不意に孔が何事かを呟いた。驚いて見下ろすと、孔は目を閉じたまま小さく笑い、そうしてなにかをまた呟いた。楽しい夢でも見ているのだろう。風間は小さく笑いながら、しばらく孔の寝顔をみつめていた。
 視線に気付いたわけではないだろうが、やがてうっすらと孔が目を開けた。そうしてゆっくりと顔を上げて、真っ黒な、ビー玉のような瞳で風間を見た。
「起きたか…?」
 小さな声でそう聞くと、孔は唇を寄せてそっと風間に口付けた。そうしてなにかを言いながら目を閉じて、再び夢の世界へと引き込まれていった。
 どうやら寝ぼけていたようだ。風間は苦笑を洩らして、そっと孔の髪を撫でた。
 腕のなかでかすかに孔の香りが立ちのぼっている。甘く香るそれは媚薬のように風間の体を刺激し、そうしながらも、ふと深い眠りへと誘われる。不思議な甘い匂いに陶然となりながら風間は目を閉じて、孔と同じように、幸せな夢の世界へと再び旅立っていった。
 現実にわずかに残った風間の意識のなかに、鳥のさえずりがまぎれ込んできた。太陽はゆっくりと空へと昇りつつあるが、二人はもうそれを知覚していない。
 誰かの乗った自転車がそばの道を行く。静かな部屋の空気を少しずつ乱しながら外界の気配が強くなってゆく。そんなふうにして、ざわざわとなにかがさざなみ立つようにゆっくりと、昨日とは違う、それでいて、誰にとっても変わらないいつもと同じ朝が、今、静かに始まろうとしていた。

  −いつもの朝 了−


back シリーズ小説入口へ