足立が期待に満ちた眼差しでじっとこちらを見上げている。向かい合って彼の体を挟むように足を置いた孝介は、中途半端な位置に腰を浮かせたまま何度も大きく首を振った。
「無理です」
「無理じゃないよ。――ホラ」
そう言って足立は両手で腰をつかみ、孝介の体を下方へと導いた。熱いものが触れたと思った瞬間、それは孝介の体のなかにずるりと入り込んできた。
「……っ」
「ね。無理じゃないでしょ」
おかしそうに言いながらも足立の動きは止まらない。孝介は上を向いて大きく息を吐き、更に奥へと侵入を続けるものの感触にたまらずうめき声を上げていた。足立の肩に置いた手が無意識のうちに爪を立てている。それに気付いた足立は小さく舌打ちを洩らして孝介の手を外し、自分の首に抱きつかせた。孝介は力の抜けた体を足立に預け、切れ切れに熱い息を吐いた。
体のなかを犯す熱は、時々大きく脈打った。そのたびに背筋を悪寒が走り、逃げ出したいような気持ちになった。だが足立の両腕が腰と背中をしっかりと抱えている為に逃げることは叶わなかった。自分の口がすすり泣きのような声を洩らすのを、目を閉じて聞いているだけだ。
なだめるように足立の唇が首筋からアゴへ、そして孝介の唇へと触れていった。髪の毛に指が差し込まれてもう一方の手で頬を撫で、かすかに笑いながらこちらをみつめてくる。
「まだ入るよ」
孝介は泣きそうになりながら腰を上げた。抜いちゃ駄目だよという言葉に素直にうなずき、一番存在が感じられるところで動きを止めて、また腰を深く下ろす。
「はぁ……あ……!」
悪寒が全身を貫いていく。足の先まで身を震わせて孝介は抱きついた。足立が耳元で熱い息を吐いた。首元に寄せていた顔を起こされて茫然としていると、足立が意地の悪い目付きになって口の端を歪ませた。
「休んでちゃ駄目だよ。動いて」
ともすれば崩れそうになる足に力を込めて腰を浮かせた。体のなかを上下する熱に、孝介は無言で首を振る。腰を落とすと更に奥まで入ってくるようだった。
最初は苦しいだけだったそれも、やがて苦しい以外の箇所をみつけ出していた。それ以上に夢中になったのは、互いの体に挟まれた己のものがこすれる感覚だ。孝介は足立の首に強く抱きつき、熱い息を吐きながら腰を上げかすかな悲鳴と共に腰を下ろした。そのうちに気付いたのか、足立はわずかに身を引いて手を差し入れ、孝介のものをそっと握った。
「や……っ」
「やじゃないでしょ。ぬるぬるしてきてるし」
そう言って先端をこすり、おかしそうに鼻を鳴らした。孝介は足立の頭を抱き込んで息を吐く。
「痛い?」
やわやわとものを握る手に力を込めながら足立が訊いた。
「少し……」
「気持ちよくない?」
孝介はなんと返事をすればいいのかわからず、困ってそっぽを向いた。苦笑する声が聞こえたあと、足立の舌が首筋をべっとりと舐め上げ、耳元を執拗にねぶっていった。それと同時にものへの刺激も続いており、孝介は嬌声を上げそうになってあわてて指を噛んだ。それでも抑えきれない声が口の端からこぼれていく。足立の興奮したような声が繰り返し訊いた。
「気持ちよくない?」
「……いいです」
「もっと気持ちよくなりなよ」
孝介は腰を上げた。肉のこすれる感触が恐ろしいほどに心地よい。深くまで下ろすと足立が満足そうに息を吐いた。自分の動きで足立が快感を得ているのだと思うと、こちらも更に興奮してくる。与えられてまた与えている。不思議な感じだ。今までは互いに一方通行だったものが同時に行われている。孝介は我慢出来ずに足立の顔を上向けて唇を重ねた。舌を絡ませて熱い息を吐き、噛みつくように何度も何度もキスを繰り返す。
そうして気が付くと止まらなくなっていた。体の奥を貫く熱と前から与えられる刺激だけを考えて孝介は動き続ける。汗が流れ落ちて足立の髪へ吸い込まれるのがかろうじて見えた。ごわごわとした髪の毛をまさぐり、腕を伸ばして背中にしがみつき、面白そうにこちらを見上げる足立の目から逃れようと首を振ってはこらえきれずに嬌声を上げる。
体が熱くて耐えられない。苦しくてたまらないのに、まだ終われない。孝介は切れ切れに息を吐いて足立の顔を両手で包み込み、懇願するように顔を寄せた。
「……も……やだ……っ」
「なにが?」
足立の手が止まっている。
舌が目のふちに溜まった涙を拭っていった。孝介は抱きついて嫌々をするように首を振った。
「も、やだ。やだ……っ」
苦しいのに、終われない。
「イキたくないの?」
「も、イキたい……! ね、」
鼻にかかった声でねだったあと、何度もキスをした。もう自分がなにを言っているのか自覚していなかった。熱を吐き出したい、頭にあるのはそれだけだ。でもこのままでは足りない。足立の手は止まってしまった。体の表面を濡らす汗が冷えるのにつれて皮膚は冷たくなっていくのに、内部の熱は出口を求めて体中を駆け回っている。
「しょうがないなあ」
足立は孝介の体を抱きかかえると不意にベッドへ寝かせ、自分の足を抜く代わりに孝介の足を抱え上げた。そうしてゆっくりと突き上げ始めた。さっきとは違う角度で内部をこすられる感触に、孝介はたまらず熱い息を吐く。奥まで入ってくる感覚にうめき声を洩らす。シーツをつかもうと手を伸ばしかけた瞬間、それまで感じたことのなかった痛いほどの快感が背筋を貫いた。
「や……っ、やだ、そこや……!」
「んー? ここ?」
「……っ!!」
両足を押さえつけられて逃げられない。足立は荒い息を吐いて腰を打ち付けてくる。たまらず悲鳴を上げた時、涙が流れ落ちるのがわかった。突然に引き込まれた快楽のなかで孝介はわけもわからず熱を吐き出した。なのに全身が痺れるほどの痛みと快感がまだ続いている。足立はおかしそうに笑ったあと、自らの欲望へと入り込んでいった。
額から流れた汗が孝介の唇に落ちた。突かれるたびに声を洩らし、震える手を伸ばして足立の髪に触れた。やがてうめき声を上げながら果てた足立が、荒い息遣いと共に孝介の上へと身を横たえてきた。
しばらく呼吸を整えたあと、肘をついて身を起こす。そうしてじっとこちらをのぞき込んできた。孝介はなにも言うことが出来なかった。足立はそれを見て嘲笑するように口の端を歪め、片手で頬をつまむと、不意に唇を触れていった。
孝介はしがみつくようにしてその体を抱いた。互いに言葉はなかった。
後始末を済ませたあと、孝介は薄い眠りに誘われた。眠りに落ちる寸前、煙草の匂いをわずかに嗅いだ。
目を醒ました時、部屋は薄暗くなっていた。身を起こそうとすると毛布が肩から滑り落ちた。ベッドのなかで向かい合うようにして足立が眠っていた。孝介は起こそうとしていた体を再びベッドへ横たえて、暗がりのなかで目を凝らした。
眠っている足立には表情がなかった。いつもの間の抜けた笑顔も、意地の悪そうな顔も、今はどこにも見当たらない。ただの二十七歳の男が目の前に居るだけだ。
孝介は手を伸ばして足立の唇に触れた。静かな寝息が指にかかる。もっと近くでと思った瞬間、不意に足立が目を開けた。なにも言わずにこちらをみつめたあと、腕を伸ばして孝介の体を抱き寄せる。
仰向けになった足立の肩の辺りへ頭を乗せた。腕を伸ばして反対側の肩へ手を置く。鼓動がわずかに感じられた。足立はじれったそうに毛布を引っ張り上げて息をついた。
「あとでご飯行こ」
「……はい」
指が二度三度、髪を梳いて落ちていった。また眠ってしまったようだ。孝介は気付かれないよう静かにため息をついて身を寄せた。
『お前が本気なんだったら、俺は応援するよ』
陽介の言葉が耳の奥で甦る。孝介は肩をそっと指でなぞりながら、違う、と胸のなかで呟き返していた。
――本気なんかじゃない。
不意に足立の手が動いた。孝介の肩を抱き寄せて横向きになり、髪のなかへと鼻先をうずめる。そうしてそれがいつもの姿勢だというように、足立は心地よさげな寝息を立て始めた。
頭に置かれたままの手は、いつもの感触だった。覚えているとおりの温もりだった。そして今、煙草のまじった足立の匂いを覚えようとしている。
――違う。
孝介はもう一度自分に言い聞かせて目をつむった。
――別に本気じゃない。
これはただの遊びだ、一緒になって遊んでいるだけだ。足立も自分も、目的は唯一快感だ。それだけだ。触れる体が気持ちいいのは、だから当たり前なんだ。
なにも特別な意味なんかない。
「……っ」
孝介は込み上げてくる気持ちをじっと抑え、静かに息を吐き出した。目的どおり気持ちの良い温もりのなかで寝ようとするのに、どういうわけか少しも眠れなかった。
誤魔化しを並べているのはわかっていた。痛いほどに自覚があった。
でも、そう思わなければやってられない。そうでなければ耐えられない。
無理にでもそう思い込まなければ、もっと好きになるのを止められない。
違う/2010.12.19