「……も、なんで足立さんはそういう恥ずかしいこと、平気で言えるんですか」
「だってどうやって君のこと部屋に引っ張り込もうかって、そればっか考えてるからさ」
「……っ」
「ホントだよ」
孝介は足早に無言で歩く。なんと言って返せばいいのか想像もつかない。こういうところで上手い言い回しが思い付かないのは、やはり年齢による経験の違いなのだろうか。
隣にやって来た足立が、不意に脇から顔をのぞき込んできた。
「で、そうやって照れた顔見るのが楽しいから」
「……帰ります!」
「わー待って待って、帰んないで」
帰っちゃヤダ、と言って腕を引っ張ってくる。引っ張られたはずみで足立と体がぶつかった。その温もりが心地よくて、また孝介は言葉を失った。
足立の部屋は相変わらずだ。
「ようこそ、僕のお城へ」
そう言って足立はドアを開け、孝介をなかに招き入れた。台所に荷物を置いて出てきた言葉は、
「相変わらず汚い城ですね」
「広いから手が行き届きませんで」
「嘘ばっかり」
孝介は思わず笑ってしまう。どう見繕っても六畳一間の1Kだ。せめて座る場所だけでも作ってくれと頼んでおいて、孝介は台所に立った。
それにしても、馴れない家の台所というのは戸惑ってしまう。どこになにがあるのかすぐにはわからないし、包丁やまな板もなんとなく使いづらい。
「そういえば君、回鍋肉って作ったことあるの?」
しばらくしたあと、居室との境目に腰を下ろした足立が煙草に火をつけながら訊いた。
「初挑戦です」
「うわ、マジ? 大丈夫?」
「平気ですよ。裏に作り方書いてあるし、その通りにやれば最悪食えないものは出来ませんから」
味噌汁用に茹でているキャベツの具合を確かめつつ孝介は答える。
「っていうか、部屋の片付け終わったんですか」
「待って。今、すっごい集中して考察してる最中だから」
「なにを?」
「君に裸エプロンが似合うのかどうか」
思わず吹き出した。
「……包丁投げますよ」
「うわー、冗談冗談! えーっとね、」
足立は一旦部屋の奥へと消えた。そのまま一生消えててくれと一瞬本気で考えてしまった。なんであんな間抜けと俺は一緒に居るんだろう。なんかやたらと口は軽いし平気で恥ずかしいこと言ってくるし、それでまたこっちも恥ずかしかったり嬉しかったりとか、なんだ、俺ってもしかしてマゾなのか? などと落ち込み気味に孝介が考えていると、不意に戸口からサルのぬいぐるみが顔をのぞかせた。
「今、アイちゃんと一緒にすっごい応援してる。アイちゃんが、『お兄ちゃん頑張れー』って」
恐る恐るといった風に足立も顔をのぞかせた。アイちゃんを抱きかかえ、腕を握ると大きく手を振ってみせる。その姿がなんだか子供みたいで、孝介は思わず笑ってしまった。
「アイちゃんなら、許す」
「えへへー」
「足立さんは部屋の片付け」
「アイちゃん、お願い」
「動けよ」
予想通り、それなりのものは作ることが出来た。今日の献立は回鍋肉と冷奴と冷やしトマト、それからキャベツの味噌汁と炊き立ての白米だ。あまり手のかかった食卓ではないのに、足立はものすごく嬉しそうだった。
「いっただっきまーっす」
味噌汁を口に含んだ足立は、ひと言「美味い!」と驚いたように唸った。
「なにこれ、すっごい美味しいんだけど! どうやって作るの?」
「別に……キャベツ茹でるだけですよ。生でも食えるんだから、適当に茹でて味噌溶かすだけです。簡単だから作ってみるといいですよ」
「うん。また作って」
当然のように言って回鍋肉へと箸を伸ばしている。
――またこの人はこういうことを、
ごにょごにょごにょ。
孝介の分の食器は、結局紙皿と紙コップで代用となった。箸はコンビニでもらった割り箸である。確かに少し味気ないが、だからといってちゃんとした食器まで揃えるのは、やはりやり過ぎであるように思えた。
正直こんな風に一緒に飯を食う機会などそう滅多にあるとは思えないし、そもそも自分が居るのは来年の春までなのだ。足立はそれをわかっているのだろうか。
「足立さんは東京に戻る予定はないんですか?」
「んー? ないと思うなあ」
冷奴を崩しながら足立は肩をすくめた。
「戻りたいのは山々だけど、辞令が下りない限りはどうしようもないしね」
「そっか……」
「君がこっち戻ってくればいいじゃない。高校出たらさ」
飯を掻き込んだ足立は当然のように言い放った。孝介は思わず苦笑する。
「またそういうこと言って――」
「本気だよ」
飯を噛みながら足立が振り向いた。味噌汁で口のなかのものを飲み下し、「どうせしばらくここから異動しないだろうしさ」と続ける。
「いいじゃない。待ってるよ」
「……無理ですよ」
「なんで?」
「だって――」
言葉が続けられない。持ち上げようとした箸は手に握られたままテーブルに戻ってしまった。
そんな上手い話があっていいわけがない、と孝介は考えている。来年の今頃、自分はここに居ないということすら上手く想像出来ないのだ。一年以上も先のことなんて、わかる筈がない。
「……一応進学予定ですし」
「じゃあ大学出たら」
「どこに就職しろっていうんですか」
「ジュネスとか。あ、それとも警察入って後輩になる? そしたらずっと一緒に居られるよ」
「試験、通るかわからないし」
「僕が教えてあげるよ。これでも一応国家試験通ってるし」
「……」
「ね。それがいいよ」
孝介は困って顔を上げた。
「……なに怒ってんの」
「怒ってないですっ」
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