土手を歩きながら孝介は説明した。マヨナカテレビのこと、初めてテレビに入った時のこと。何故霧が出た日に死体が現れるのか、死因が何故はっきりしないのか。シャドウのこと、ペルソナのこと――勝手に彷徨い出たもう一人の自分のこと。
「君は?」
「え?」
「君のは出たの? その……『隠している本当の自分』ってやつ」
「俺は――」
 そういえば現れていない。無理矢理テレビに入れられた連中はともかく、陽介や千枝、元からテレビのなかに居たクマでさえ、ペルソナを得るにはもう一人の自分と対峙する必要があったのに。
 出ていないと言うと、足立は笑った。
「裏表がないからかな」
「……それってつまり、俺が単純だってことですよね」
「素直だっていうことだよ」
 そう言ってまた足立は笑った。
「足立さん、信じてないでしょ」
「……ま、話半分くらいに聞いてる」
 その言葉には少し腹も立ったが、仕方ないかというあきらめもあった。実際半分でも信じてもらえれば上等なのかも知れない。自分が逆の立場になって、いきなり「テレビのなかの世界がうんたらかんたら」などと大真面目に説明をされたら、受け入れることは難しいと思う。だから反論する気にはなれなかった。
「でもまぁ、信じるよ」
 不意に足立が立ち止まった。つられて足を止めると、突然右の二の腕を掴まれた。
「こことか、腰のひどいアザとか、膝の擦りむいたのとか、全部それが原因なんでしょ?」
「……はい」
「別に全部が全部、君のドジってわけじゃないよね?」
「はい」
「……あんなの見せられたら、信じないわけにいかないじゃない」
 そもそも最初から疑っていたと足立は言った。ただ孝介が隠したがっているようだったから、気付かないフリをしていたのだそうだ。それを言われた瞬間、頭を殴られた気分になった。足立は薄々気が付いていて、それでも知らないフリをしてくれたというのに、自分はどうだ。子供染みた正義感で必要のないことまで暴き立てようとした。なんて乱暴で愚かなことをしたんだろうか。
「ごめんなさい。俺――すごい失礼なこと、足立さんに」
「んー? いやぁ別に? 何もされてないよ?」
「でも――」
 続けて謝ろうとするのを足立は遮り、いいんだよと言ってくれた。そうしてふと真面目な顔付きになり、
「生田目が逮捕されたってことは、もう君が怪我する必要はないんだよね?」
「はい……多分」
「多分?」
 孝介は霧について説明した。
 二日前から広がっているこの霧は、恐らくテレビのなかと何らかの関係がある。もし数日待って霧が晴れなければ、仲間を誘ってテレビのなかを探りに行こうと孝介は考えていた。ただし来週は期末テストがあるから、行けるとすればそれが終わってからになる。少なくともこのまま放っておいていいものだとはみんな考えていない。
「原因は別なとこにあるかも知れないじゃない」
「それはわかりません。ただ霧が出るようになった時期と、友達がマヨナカテレビの噂を聞いた時期がほぼ一緒なので、原因は向こうにあると考えて間違いないと思います」
「……でも、もう戦ったりする必要はないんでしょ?」
 足立はそう言って孝介の体を引き寄せた。
「もう君が怪我する必要はないんだよね?」
「……今のところは」
「ホントに?」
 孝介は返事が出来なかった。今の状況では絶対に大丈夫とは言い切れない。言葉を濁していると、孝介は突然抱き締められた。
「あ、足立さん?」
「もうやだ。怪我しないで」
「……」
「お願いだから無茶しないで」
 痛いほどの抱擁に息が止まりそうだった。暗さと霧とが相まって、孝介は一瞬自分がどこに居るのかわからなくなる。しばらく茫然としたのちに、ようやくここが土手の上だということを思い出した。
「あの……人が来たら不味いと思うんですけど」
「僕は困らない」
 やけにきっぱりと言い切るので反論の言葉が出なかった。孝介は戸惑い、だが次第に心地よさに負け、同じように背中へと腕を伸ばしていた。孝介が抱き付くと、足立はそれに応えるように更に強く抱き締めてくれた。痛ければ痛いほど、苦しければ苦しいほど、これまで交わせなかった想いが伝わってくるようだった。
 しばらくすると腕の力が緩み、ゆっくりと足立が顔を上げた。納得がいかないという表情だった。だが目が合うと口の端を持ち上げるようにして小さく笑い、誤魔化す為か、耳の付け根辺りに突然キスをしてきた。孝介は足立を茫然とみつめた。すぐに離れていった、少しかさついた唇の感触を何度も思い返しながら、そっと袖を引いた。
 足立は躊躇しながら顔を寄せてきた。静かに、触れるだけのキスを一度した。唇が離れたあと、孝介は息を吐き出し、足立にもたれ掛かった。足立は片手で孝介の体を支えてくれた。そうしてしばらく動かなかったので心配になったようだ、「大丈夫?」と言いながら顔を覗き込んできた。
「……はい」
 幸せというのがどういうものなのか、初めてわかった気がした。
 孝介は急に恥ずかしくなり、足立の腕から離れて歩き出した。そろそろ帰ろうと言うので、嫌だったが仕方なく来た道を戻り始めた。


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