「でもそうなんだったら、そういう顔も見せてよ。君のこと知りたいんだ」
「……俺もです」
 声が聞きたかった。顔が見たかった。足立に触れたかった。足立の全部が知りたかった。
 恐る恐る差し出された腕のなかに孝介は倒れ込んだ。足立は孝介の髪を撫で、それから、
「よかったあああぁぁぁ。フラれなくて済んだあああぁぁぁ」
 笑ってしまうくらい大袈裟にため息を吐き出した。孝介は思わず苦笑してしまった。
「足立さんって、なんか、心配性なんですね」
 やけにこちらを気にする発言が多い。それを言うと、「違うよぉ」とむきになって反論してきた。
「別にどうでもいい人だったらこんなに気にしないよ。全部の人と仲良くしようなんて積極性は僕にはないからね」
「それはそれで、刑事として問題ありませんか?」
「そこら辺は仕事だから割り切るの」
 孝介の髪を梳いて足立は笑った。
「……好きだから嫌われたくないんだよ」
 頬に片手を当てて、額にそっとキスを落としていく。そうして座り直した足立は、不意に真顔になった。
「あの……またちょっと、さわらせてもらっていい?」
「いいですよ」
「…………ちょっとだけ、下の方もさわっていい?」
「下!?」
「あぁいや、あの、下のパーツってわけじゃなくって」
 ここら辺まででいいからと言って、足立は鎖骨の辺りを指し示す。孝介は少し迷ったが、「いいですよ」と答えてワイシャツのボタンを二つほど外した。
 足立はひとつ息をつくと、失礼しますと言って孝介の頬に両手を当て直した。そのまましばらくじっとみつめて、不意に片手を後ろへずらした。耳の形を確かめ、うなじを探り、そっと喉元に手を滑らせる。その感触に声が洩れそうになったが、孝介はなんとか呑み込んだ。だが反対側の首筋に唇が触れた時、それはまるで悲鳴のように孝介の口から飛び出した。
「あ、足立さんっ」
 いつの間にかベッドを背にして押し付けられる恰好になっていた。のしかかってくる足立の体は、予想以上に重かった。
「なに?」
「あの、俺……っ」
「やっぱり、やだ?」
 孝介は大あわてで首を振った。
「嫌じゃないんですけど、その、……なんか、変な声が……っ」
「変な声? どんな声?」
「どんなって――」
 気が付くと足立はにやにや笑っていた。本性がやや透けて見えた気がした。しかし孝介が困惑していることは伝わったようだ。それ以上無理に続けようとはしないでいてくれる。
「嫌ならやめるよ」
 心臓がバクバク言い始めている。怖い気もするが、もっとして欲しいのも事実だった。だが最終的にはやはり困ることになる気がした。
 ――これ、どうすればいいんだ?
 大きく脈打っているのは心臓だけではない。まるで別の生き物のように、下半身も熱くなり始めていた。
「……やめる?」
 孝介は首を振る。
「平気? 嫌なら言って?」
「……嫌じゃないです。……もっと……」
 さわって欲しい、とは、恥ずかしくて口に出来なかった。足立は安堵したように笑い、顔を近付けてきた。唇を重ね、馴れないやり方で足立の舌を受けているあいだに、再び足立の手が首筋に触れた。そのまま下へ、感触を確かめるようにゆっくりと滑り落ちてくる。
「声も聞かせて」
 唇を離した足立はどこか夢見るような顔でそう囁いた。そうして耳に触れ、首筋にキスをし、下へ、更に下へと下りていく。声を噛み殺せたのは半分だけだ。意図しない瞬間に快感が走り抜けて、静かな部屋に少しずつ、甘い悲鳴が溜まっていく。
 肩口を掴んだ足立はそっと手を滑らせてワイシャツを向こう側へ落とした。そうして剥き出しになった肌に舌を当てて軽く噛み付き、きつく吸い上げた。
 それで限界だった。
「あ、あの――!」
 無我夢中で足立の体を押しのけ、落ちかかっていたワイシャツを引き上げた。テーブルにぶつかった足立はぽかんとした顔で孝介をみつめていた。
「――すいません、トイレ借ります!!」
 何も考えている余裕はなかった。立ち上がってトイレに駆け込む、ドアを閉める、ベルトを外す、下着ごとズボンを下ろす、便座に座ると同時にトイレットペーパーを引き出してまとめる――ここまででひと息。
 次のひと息で呆気なく果てた。
 ――なにこれなにこれなにこれ!!!
 自分の手のなかにある物を見て驚き、自分の仕出かした行為で更に驚き、もし足立にばれたらと考えた瞬間、驚いている余地すらないのだと思い至った。
 っていうか、なんでわざわざ他人の家でオナニーしてんだ、俺。
 ……などと冷静に考えられるようになったのは、後始末を全て終え洗面台でバカ丁寧に手を洗っている最中のことだった。鏡に映った自分の姿は本当にだらしなかった。バサバサに乱れた髪、半分ボタンの外れたワイシャツ、剥き出しの胸元。
 孝介は試しに肩口の辺りを鏡に映してみた。
 わずかにだが赤くなった跡が見て取れた。
「……!!」
 孝介はあわててシャツを着直し、ボタンをはめた。乱れた髪の毛を直して、とにかく帰ろうと決意した。
 無理。もう無理。いや、無理じゃないんだけど、さすがにこれ以上は限界。
 足立にされるがままで居たら、本気でどうなるかわからない。こんなみっともないところ、絶対に見られたくない。


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