生田目は一瞬ぽかんとした表情を浮かべた。それを目にした足立は、やば、と呟きあわてて自分の口を押さえた。だが意味を理解させるには充分だったようだ。生田目は驚愕の表情で足立の腕をつかんできた。
「ちょっと待ってください、それはどういう――」
「うわーっ、ちょ、しー!」
「犯人はそいつじゃないんですか? 真由美を殺したのは……っ」
「ちょ、お願いだから生田目さん、落ち着いて!」
運送屋の事務所から出てきた誰かが、声に気付いてこっちを見た。見知った顔だったのだろう、生田目はその女性をちらりと見たあと、ようやく我に返ったような顔付きになった。
「どういうことですか」
低い声で問い質された足立は、「まいったなぁ」とわざとらしく頭を掻いた。
「えーっと……まぁ、生田目さんならいっかな」
自分から聞いたって言わないでくださいよ、と釘を刺しておいて言葉を続けた。
「犯人の供述、どーも曖昧な点が多過ぎるんすよ。三人目の諸岡さん殺したのは間違いないみたいなんだけど、前の二人に関してはかなりあやふやでね。もしかしたら犯人、別に居るんじゃないかって内部でももっぱらの噂なんです」
「し、しかし、ニュースでは三人の殺害を自供してるって――」
「それがハッキリしないからこっちも困ってんすよねぇ。ま、このままいくと奴が三人分の罪かぶることになるんでしょうけど、奴がそれを望んでるんだったらねえ」
「そんな……!」
生田目の手がだらりと落ちた。足立はわざとらしく視線をそらせたままだ。
「……もう警察が動くことはないんですか?」
「捜査本部はだいぶ縮小されましたよ。一応犯人とっ捕まったわけだから、あとは立件に向けての証拠固めくらいだし」
「そんな……じゃあ、真由美を殺した犯人は……」
「今頃どっかで笑ってるかも知れませんねぇ」
この町のどこかで、と足立は付け加える。
二人のあいだに落ちた沈黙を、セミの鳴き声が乱暴に崩していた。足立は、このあとどうしようかな、と考えながら自分の影を見下ろしていた。暦の上では残暑に入っている筈なのだが、アスファルトに描かれた影は黒々と、生き生きとして見えた。まるで今にも勝手に動き出しそうだ。
「あなたはそれで平気なんですか」
生田目の暗い呟きが足立を現実に引き戻した。顔を上げると、生田目は怒りのこもった目で宙を睨み付けていた。
「二人もの人間を殺した犯人がまだ町にのさばってるかも知れないのに、それを放っておけるんですか」
「――警察ってのは残念ながら慈善事業じゃないんです。犯人が捕まれば我々の仕事は終わりだ。それに、もう世間的にはあの高校生が三人を殺したってことになってる。今からそれを動かすのは殆ど無理ですよ。それこそ真犯人でも捕まらない限りはね」
「でも居るんだ。確実に、この町のどこかに――」
生田目は奥歯を噛み締めながら顔を上げた。怒りに震えながらも、その目は自らの力の無さに打ちのめされていた。
どう足掻いたって死んだ人間が生き返るわけじゃない。それを痛いほどに実感している目だった。
「……個人的には調べを続けるつもりでいます」
足立の言葉に、生田目はハッとして振り返った。
「正直どこまでやれるかはわかりません。これまでだって全力を挙げて捜査してきたんです。それでもなにも出なかった。……今更自分一人でなにがやれるか、正直途方に暮れてるところですよ」
そう言って足立は苦笑を洩らした。
「結局犯人はみつけられないかも知れない。でももし本当に真犯人が居るんだとしたら、僕が動くことで抑止効果になるかも知れません」
「抑止効果……?」
「『四人目』が出ないとは限らない。――違いますか?」
生田目の瞳に生気が戻ってきた。ようやく思い出してくれたようだ。
マヨナカテレビの存在を。
「真犯人が居るなら……また誰かが狙われるかも知れない……」
「そうです。そうならないように、個人的に捜査していこうと思ってます」
――だからお前は黙って誘拐続けてりゃいいんだよ。
腹のなかで吐き捨てて足立は笑う。生田目はこちらの言葉に勇気づけられたように何度もうなずいた。
「そうですね……確かにそうだ。その通りです……」
どうやら目的は達することが出来たようだ。足立は空気を換えるように「じゃ、自分はこれで」と明るい声で挨拶をし、車に向かって歩き出した。大きく息を吐き出しながら、やれやれ、と胸の内で呟いている。
これで生田目の方は大丈夫そうだ。あと問題は孝介たちだが、まぁあっちは生田目が動けば自動的につられてくれる筈だ。放っておいても平気だろう――。
そんな風に思っていたのに。
――なんだかなぁ。
最近の足立は、自分がえらく無駄なことをしているんじゃないかと思うようになっていた。
久保美津雄が逮捕されたことで町にも署内にも一気に平和ムードが訪れていた。事件のお陰で人出は少なかったようだが夏祭りも無事に執り行われた。
足立は以前にも増して暇を持て余している。
本音を言えばこんなところで終わってなど欲しくない。もう何人か生田目が誘拐を続けて、そのどこかで失敗して捕まるかあるいは誰かが死亡するか、それが一番面白いと思える結末だった。
妻には離婚と共に多額の慰謝料を要求され、愛人は無残にも殺害され、本人は職を干されてその挙句に複数の人間を無差別に誘拐、そして殺害した――なんて、最高に面白いネタじゃないっすか。しかも本人には悪気がゼロ。いやあ、日本中のマスコミが稲羽市に集まっちゃうよ?
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