孝介は首を振る。確かに流されてここまで来たのかも知れない。だけど、知りたいのは自分だって同じだ。泣きそうな顔を、そのまま友人に向けた。
「なんか、怖くてさ」
「……俺だって怖ぇよ」
「俺、あの人のこと好きだったんだ。なんか、歳の離れた兄貴みたいでさ」
 いっつもだらしない顔で笑っていた。情けない寝癖がおかしかった。へらへらしててなにも考えていないように見えるのに、時たま心に残る言葉を吐いた。
 あの人と同じ場所に居たかった。同じ目線で喋りたかった。
 あの人を知りたい。あの人の心を知りたい。誰よりもなによりも側に居たい。
 今でも孝介は、足立の全部を知りたがっている。なのに明日が怖い。向かおうとしている先が怖い。
「理由とかわかったら、俺、あの人のこと嫌わなきゃいけないかも知れないだろ」
 本当に本当に好きなのに。
 それは今も昔も変わらないのに――。
「……今更じゃね?」
 陽介は変わらず白い息を吐いていた。孝介は意味が分からなくて目を向けた。
「足立が逃げ出した時点でほぼ決まりだろ。――あいつがやったんだ」
「……」
 嫌なことをわざわざ繰り返すな。孝介は胸のなかで呟いて目をそらす。
「理由が納得出来たら、お前はあいつのこと許せんのか?」
「……陽介は――」
「訊いてんだから答えろよ」
 いつになく厳しい口調に、孝介は口ごもった。
「……人殺しに、許せる理由なんかないよ」
 だから一昨日の自分たちがあった。同じことをしようとしていた仲間を、少なくとも道連れにしたくなくて必死に止めた。
 どんなに憎くても、どんなに簡単でも。
「今更だろ」
 確認するように繰り返す。孝介は無言でうなずいた。
「でも知るのも怖いよ」
「……俺だって怖ぇよ」
「見ない振りして逃げたいんだよ……!」
 我慢していた涙が落ちた。孝介は顔をそむけて涙を拭った。吐き出した息が白くけぶって消えていく。風に吹かれて、雪が小さく舞い上がる。
「……俺だって怖ぇよ」
 静かに陽介が繰り返す。孝介は足元に落ちる雪をみつめた。
「お前の言う通り、理由がわかったからって先輩が生き返るわけじゃねえさ。もしかしたら理由なんかわからねえかも知れねぇしな」
「……」
「俺も怖いよ。足立がなに言うのか、正直今からすっげー怖ぇ。……でもさ、俺は今更知らない振りは出来ないんだ。事件が起こって先輩が死んで、犯人がわかって――なのに今逃げたらさ、多分一生自分が許せないと思うんだ」
 孝介はゆっくりと息を吐いた。目をつむる時、残っていた涙がわずかにこぼれた。
「もう先輩の為とかじゃなくて、自分の為なんだよな。自分が納得したいだけなんだ。足立の野郎ぶちのめしたって先輩は生き返らねぇよ。そんなの、わかってる。……一人じゃ怖くて無理だけど、あいつらも居るしな」
 ――なにが望みだったのか。
 足立を追い詰めて、捕まえて、そして――そして?
「……俺もだよ」
 孝介は呟いて目を開けた。吐く息が白くけぶる。雪は今にも止みそうだ。
「俺も、納得したい。おんなじくらい怖いけど、多分怖い気持ちの方が強いけど」
「……」
「……陽介がどうしてもって言うならしょうがないから付き合ってやる」
「んだよ、この野郎!」
 怒声を上げながらも陽介は笑っていた。同じように笑い返して目をこする。
「明日」
 あらためて向き直ると孝介は言った。
「一緒に行こう」
「――おう」
 陽介がこぶしを差し出してきた。同じようにこぶしを握り、それにぶつけた。
「じゃあ、俺行くわ」
「うん。気を付けて」
 陽介は今更寒さに気付いたみたいに身を縮め、背を向けて歩き出した。霧が姿を消してしまう前に、孝介は友人を呼び止めた。
「陽介」
 相棒は不思議そうに足を止めて振り返った。
「ありがとな」
 一度照れたように笑うと、なにも言わずに手を上げてくる。同じく手を上げ返して、孝介はしばらく友人の後ろ姿を見送った。
 陽介と話していて、ひとつわかったことがある。知らずに居た足立の側面を知ったとしても、自分は彼を嫌いにならなくていいのだ。
 足立は出会った時から彼だった。事実を知った今でも足立が好きだ。
 だから明日、孝介は彼に会いに行く。足立を知る為に。もっともっと知る為に。

一緒に行こう/2011.02.28


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