気が付くと目の前に雷があった。避ける暇などなかった。激しいショックで陽介は倒れ込み、更に敵からの追い打ちを受けて気絶した。
「――ら、花村っ」
 意識を取り戻した時、目の前には心配そうな三人の顔があった。陽介は痛みに顔をしかめながら体を起こした。
「花村、あんた大丈夫?」
「あぁ……悪い」
 なんとか立ち上がって埃を払い、安心させようと笑い返したが、みんなの表情は変わらなかった。
「ねえ、今日はもう終わりにしない?」
「そうだな」
 雪子の言葉にうなずいて、孝介は腕時計を見ている。
「俺まだ行けるって」
「いや、今日はここまでにしよう」
 三対一ではあきらめるしかない。陽介は渋々同意した。
「元々今日は軽く流すだけのつもりだったし。それに、来週テストだろ」
「うっわ、リーダーそれ言っちゃうんだ」
 雪子の笑い声を合図に皆は歩き出した。その後ろに付いて歩きながら、陽介はこっそりとため息をついた。
 正直なところ、今の自分がおかしいのか正常なのかがわからない。もやもやした物はずっと前からある。だけど事件がまだ続くかも知れないと思うと、そんなことなんか気にしている場合じゃないとも思う。
 俺は悲しんだんだろうか。口惜しかったんだろうか。皆を危険な目に遭わせてまで続けるべきことなのか? 答えを出そうとするのに、頭のなかがぐちゃぐちゃで考えがまとまってくれない。少なくとも俺は犯人をみつけたい。でもそれは下手をすれば死と隣り合わせの行動だ。
 俺にそんな資格があるのか?
 みんなを巻き込んだ責任を取るべきじゃないのか?
「……なあ」
 広場へと戻り、テレビの枠に手を掛けたところで孝介が振り返った。声を掛けたことには気付いてないようだった。
「花村って明日もバイトなの?」
「え? いや、明日は休み貰ってる。一応試験前だし」
「そっか。よかったな」
 俺も初テストだから緊張するよと他人事のように言ってテレビの向こうへと消えた。それに続いて枠に手を掛けながら、訊こうと思っていた言葉をあらためて自分に向けてみた。
 ――死ぬのってどんな気分なんだろうな。
 画面の向こうに白と黒の空間が現れる。何故か唐突に、フードコートのあのテーブルが見たかった。


 試験終了直後の学校は、校舎全体が大きくざわついているように感じられる。悲喜こもごもの唸り声があちこちから聞こえ、陽介も遅れじとそれに続いた。そうして上げていた両腕を下ろし、束の間の解放感に浸っている友人たちへと声を掛けた。
「なぁ、帰りフードコート寄ってかね?」
「さんせー!」
「天城も行ける?」
「うん。今日は大丈夫」
 四人の意見が一致して、ならばさっそくとカバンに手を伸ばしかけた陽介だが、教室の出入口からの呼び声でその手を止めた。
「花村」
 何故か吉岡がそこに居た。ちょっと来いよと呼ばれている。またロクでもない頼みごとだろうか。
「どもっす」
「な、お前今空いてる?」
「え……」
 ちらりと仲間を振り返った。みんなは不思議そうな顔でこっちを見ているだけだ。
「今日は、ちっと用事が」
「十分だけ。な、頼むよ」
「なんなんですか」
「あいつらがまた来てんだよ」
 例の雑誌記者が来て、もう少し詳しく話を聞かせて欲しいと言うのだそうだ。面白い話を聞かせてもらえるなら、謝礼の用意もしてあるという。
 ロクでもない奴の周りにはおんなじのが集まるんだなと、ふと思った。
「お前、小西と仲良かっただろ? ちょっと話聞かせてやれよ。一人だけなら友達連れてきていいって言われてさ。それで内容が濃かったら金結構はずんでくれるみたいなこと言ってんだよ」
 友達。
「な、頼むよ。俺のこと助けると思って」
 そう言って吉岡は拝む真似をした。これまでに何度も目にした光景だ。この人はこうやって、今まで散々人に迷惑を押し付けてきたんだと陽介は思った。たいしたことじゃないのに、さも重要なことのように話を持ち掛けて、自分がいい気分になる為だけに他人を利用した。吉岡に対して気後れする理由が初めてわかった。
 ――なんか、みっともねぇな。
 昔の自分を見ているようだ。
「……俺は、いいっすよ。別に金なんか欲しくねぇし」
「はあ?」
「あ、林とかどうっすか。あいつも先輩とは一緒に組むこと多かったし、あいつの方が話すの上手いと思うんすけど」
「だってあいつ、ただのバイトじゃねぇか。お前、店長の息子だろ?」
「はあ? なんの関係があるんすか」
 俺だってただのバイトっすよ。そう言って笑うのもひと苦労だった。だが次第に吉岡がイライラし始めているのが伝わってきていて、何故か今はそれが面白かった。


next
back
top