「お前ね、いい加減にしないと本気で完二に殺されるぞ」
「なに言っちゃってんの。俺の親心を察して欲しいくらいですよ」
「誰が親だ、誰が」
 思わず苦笑が洩れた。陽介はなにが不満なのか、「だってさあ」と反論をかましてきた。
「言わせてもらうけど、俺、去年転校してきてから一個もいいことなしだぞっ。ジュネスの店長の息子ってだけで商店街の人には目の敵にされて、バイトの連中にはいいように利用されて、……なんか、気になる娘には片っ端から振られてばっかだし」
 それはお前がガッカリ王子だからじゃないのかと思ったが一応言わないでおいてやった。
「その癖あとから転校してきたお前はとっとと年上の彼女捕まえやがるしっ」
「それは関係ないだろ」
「っつうか先生、その後彼女とはいかがなんですか」
 陽介は手に握ったペットボトルをマイクに見立てて差し出してきた。
「なんで話がこっちに来るんだよ」
「いいじゃん、教えろよ」
 そう言っておかしそうににやにやと笑っている。その顔を見ていると、とてもじゃないが正直に話そうという気にはなれなかった。孝介は誤魔化すように頭をガリガリと掻き、さあね、と呟いてそっぽを向いた。
「あれ? 上手いことやってんじゃねぇの?」
 拍子抜けしたような顔で陽介がまじまじとみつめてくる。孝介は返事に詰まってしまった。
「そう見えた?」
「だってお前、なんも言わねぇしさあ」
 陽介は少し意外そうだった。話すのをためらっていると、「言いたくないならいいけどさ」と目をそらせてしまう。相談もしてくれないのかと言外に聞こえてくるようだった。その姿を見た時、孝介は今更のようにハッとした。嫌な話になるかも知れないのに、それでも陽介が聞こうとしてくれていたことに、今の今まで気付いていなかったのだ。
 その、と言いかけて陽介を見ると、友人はペットボトルをもてあそびながらもこちらに向いてくれた。
「……最近、ちゃんと会ってないんだ。電話も殆どしてないし」
「なんで。仕事忙しいとか?」
「多分そうだと思うけど……」
 それは予想というよりは希望だった。そうであって欲しいと思うのは、そうじゃない可能性の方が高いことを知っているからだ。
 夏休みの後半にドライブへ誘われて以来、足立とはまともに話をしていなかった。直斗のことを尋ねたり、家に帰ったら何故か酒を飲んでいたりと、顔を合わせる機会はそれなりにあった。だがなんとなく話しづらくて、必要最低限の会話しか交わしていない。
 部屋で一人になった時、電話をしてみようかといつも迷う。だが掛けてなにを話せばいいのかわからなくて、結局電話を放り出してしまう。その繰り返しだった。
 孝介は今も足立がわからない。
 自分の気持ちもわかっていない。
 このままではフェードアウトするように関係が終わってしまう気がした。孝介のなかには、それでいいじゃないかとささやきかける自分も居る。無理にしつこくして今以上に嫌われることもない。単に飽きただけとか、足立だったらそんな程度の理由でも納得がいく。
 多分、自分さえ騒がなければ、少なくとも今のままで居られるに違いない――。
「暗い顔してんなぁ」
 陽介の言葉にのろのろと顔を上げた。孝介はうなずいて、そのままがっくりと肩を落とした。こんなに気持ちがダダ洩れ状態なのだ。自分を騙すことなど無理に決まっている。
「電話してみりゃいいじゃん」
「やだよ」
「なんで」
「……なんか、怖くてさ」
 勿論声が聴きたかった。会って顔が見たかった。しかし電話を掛けようとするたびになにを話そうかと考えるのだが、いつも思考はひとつのところへたどり着いてしまうのだ。
 ――俺のこと、嫌いになったんですか。
 うん、と言われるだけならまだいい。嫌われたのなら仕方がない、それなら素直にあきらめもつく。
 怖いのは、別に最初から好きじゃなかったよ、という言葉だ。その最後通牒を受け取る準備は、さすがの孝介にも出来ていない。
 再びのろのろと顔を上げた孝介は、一度大きなため息をついた。
「なぁ陽介」
「うん?」
 二人は同時に顔を見合わせていた。おかしいことに気付いたのは孝介が先だった。
「じゃなくて、花村」
「いちいち言い直すなよっ」
 陽介は照れたようにそっぽを向き、どっちでも好きに呼べばいいだろ、とぶっきらぼうに言い放った。孝介はうん、とうなずいたあと、あのさ、と言葉を続けようとした。
「……なに言おうとしたんだっけ?」
「俺が知るかよ」
 横目でこちらを見ながら陽介は笑っている。しばらく考え込んだが、なにを言おうとしていたのか本当に思い出せなかった。孝介は空を行く雲を眺め、まぁいっか、と呟いた。
「夏も終わりだなぁ」
「なー。終わっちまうぜ」
「……いつになったらケリがつくのかな」
 ふと飛び出した言葉だったが、それは事件のことだったのか、それとも足立のことだったのか、やはり孝介にはわからなかった。


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