顔を両手ではさみ込んでおいて、じっと目と鼻の辺りを眺めた。KKは身動き出来ないながらも嫌そうに眉をしかめ、すっと脇に視線をそらしてしまう。照れてるのかなと思いながら、MZDは額に唇を触れた。
「……すっげ嫌な感じなんだけど」
「なんでー?」
 顔を引いて逃げようとしたが、抑えつけて離さない。KKは不満げにこちらを睨み付け、また視線を下に落とした。
 顔を押さえたまま、静かに親指を動かして肌の感触を味わう。左手だけを離して、人差し指で頬を撫で下ろし、下唇に滑らせた。ガサガサの荒れた唇。ほかの指が不精髭にさわって、MZDはちょっと笑った。
「髭、ちゃんと伸ばせばいいのに」
 ジィさんみたいにさ。そう言うと、更に嫌そうな表情をしてみせる。
 MZDの店にあるKK専用の個室。使い古しのソファーの上に二人は居る。わざと隙間を詰め、逃げられないようすぐ隣に座り込んで。
 頬骨のところに小さな傷をみつけた。指でそっと触れながら、これどしたん? と訊くと、少し考えてから「ぶつけた」との返事。仕事中に荷物を移動しようとしてどこかにぶつかったらしい。
「ドジ」
「うるせえ」
 MZDはクスクスと笑いながら指先で小さな傷を撫でた。まだ新しい傷だ。ななめ上にニセンチぐらい伸びて消えている。舌先でそっと舐めてやった。やめろよと笑ってKKは喉元を押す。だーめ、と同じように笑いながらその腕をつかみ、しかしその隙にKKが顔を伏せてしまったので、行き場を失った唇はそのまま髪のなかにうずめられた。
 鼻先で首筋を探り当てて唇を触れ、一度きつく吸い上げた。KKはわずかに身を固くして逃げるようにそっぽを向いた。舌先でちろちろと舐め上げておいて、あごの下に軽く噛み付いた。舌を擦る髭の感触が面白くて、何度も何度も舐め回す。
「おい、」
 抗議する腕は押さえ込んだまま。ちょっと悪戯心が起きて、耳元で「なに?」と訊いたら、弱々しく唇を噛みながらこっちを睨み付けてきた。
 困ったようなKKの顔。可愛くてたまらなくて、思いっきり抱きしめてキスをした。
 舌を絡めて息を交わす。ヤニ臭いと文句を言ったら、嫌ならすんなと文句が返ってきた。嫌だけどすると言って更なる文句を唇でふさぐ。髪の毛を引っ張るのはせめてもの仕返しか。
「いーたーいっ」
 さすがに我慢が出来なくて唇を離すと、ザマアなんて言いたげにペロリと舌を出す。そのまましばしの睨み合い。
「っつうか、ここ店んなかなんだけど」
「いいじゃん。見られてるわけじゃあるまいし」
 ってことで、と有無を言わさずにまた顔を押さえ付けた。なんなんだよとKKはもう呆れている。
「だって、意外とじっくり顔眺めたことないんだもん」
 長くそばに居るからなんでも知ってる気がしてたけど。
 左目を見て鼻筋を眺めて右目と頬から口元へと視線を移す。ゆっくりと髪を梳いて、目を見ながらまた唇を重ねた。
 指先の触れた首筋が温かい。息を交わすごとに少しずつ熱が上がっていくのがわかる。店で始めるんじゃなかったなと後悔していた。すぐにもしたくて堪らない。
 両手で首に抱き付いて激しいキスを何度も交わした。途中息が苦しくて唇を離すと、はからずも目が合い、何故かおかしくて互いに小さく吹き出した。
 しばらく見つめ合ったあと、KKの手がためらいがちに持ち上がり、そっと頬に触れた。指をゆっくりと滑らせて、さっきの自分みたいに、こっちの顔を観察している。
 頬を撫でられながら額を合わせた。
「KK好き」
「……知ってる」
 KKの手を捕まえて唇を押し当てた。指を絡ませると、もう熱がどちらのものなのか、なんてわからない。
 気が付けば、KK好き、とうわごとのように呟いていた。何度も――本当に何度もキスをして、それでも想ってる気持ちの百万分の一も伝えられなくて、なんだか最後には少し悲しくなって、結局ずっと無言で抱き合っていた。


「アパート帰ろうよ」
 三十分後、ようやくそれだけ言えた。
 帰って、しよう。

 KKはなにも言わずにキスしてくれた。


言葉はいらない/2008.11.13


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