夕飯を済ませ、見たいテレビ番組もなく、だらだらと煙草を吸いながら佐久間が漫画を読んでいる時だった。珍しくスマイルから電話があった。
『アクマ、今日暇?』
勿論暇だった。あとは風呂に入って寝るだけだと言うと、ためらいがちに『今からうち来ない?』と聞いてきた。
「別に構わねえけど」
『…あのね、別になにもないんだよ。一応ビールはあるけどつまみはないしさ、お菓子もジュースもなくってさ、ビデオも漫画もあるわけじゃないんだけどさ』
それでもいいかとスマイルが聞く。
「いいよ別に。行くよ」
とうの昔に行く気になっていた。どのみち歩いてすぐの場所だ。散歩がてらぶらぶら行ってみることにした。
途中のコンビニでスナック菓子と煙草を買い込んだ。家の呼び鈴を鳴らすと、待ち構えていたかのような素早さで玄関のドアが開けられた。
「まぁつまみ代わりに」
「――ありがと」
ビニール袋を受け取ったスマイルは、佐久間が靴を脱ぐのをやけに硬い表情で見守っている。板間に上がると「こっち」と腕を引いて自室へと引っ張り込んだ。ビニール袋を床に置き、なにが始まるのだと怪訝そうな顔つきの佐久間から上着を引っぺがすようにして脱がせる。そうして、
「はい、入って」
「いきなりかよ」
佐久間は思わず苦笑した。押し込まれたのはベッドのなかだ。それでもスマイルはまだ硬い表情を崩さない。
しばらく考え込んだのちにメガネを外して渡すと、スマイルも同じようにメガネを外してテーブルに置き、ベッドへともぐり込んできた。
布団をかけて佐久間の背中に抱きつく。服は着たまま、電気はついたままだ。なにかを言おうと思ってスマイルの顔を見ると、目をきつくつむりながら、相変わらず硬い表情で唇をぐっと噛みしめている。
「…どうしたんだよ」
「……別に」
佐久間が指で髪を梳くと、スマイルは静かに目を開けた。なにかを考え込んでいたり悩んでいたりするわけではなさそうだ。ただ、いつもとは調子が違う。どこか気落ちしている風でもあり、それ故に、無理に理由を聞き出すことは憚られた。
「いいじゃん。たまにはそばに居てよ」
そう言うとスマイルは更にぎゅうと抱きついてきた。まるで普段よほどほったらかしにしているかのような言い種だった。それでも、珍しく素直に甘えてくるところが恥ずかしくもあり嬉しくもあり、佐久間は小さくため息をつくと、あらためてスマイルの体を抱き寄せた。
「…暇だから、あちこちいじってていいっすか」
「駄目」
「ちょっとだけ」
「駄目っ」
少しずつスマイルの言葉に力が戻ってきた。苦い顔をしている佐久間を見て、まるでいたずらっ子のように笑い、少し長いキスをする。
「生殺しじゃねえか」
「時には辛抱が肝要ですよ」
そう言って嬉しそうに笑いながら目を閉じた。佐久間はなんだか納得のいかないままスマイルの体を抱きしめている。
そっと尻に手を伸ばしたとたん、背中を思いっきりどつかれた。
佐久間:二十歳十月