日本に来て驚いたのは、
コンビニやスーパーで売っているペットボトルの種類の多さ。
ジュースやスポーツ飲料ならともかく、
お茶があんなに大量にあるなんて。
「みんな味が違うのか?」
風間にそう聞くと、微妙に違うなと首をかしげた。
「だがみんな緑茶だ」
「これもか」
「それは麦茶。麦茶も幾つか種類がある」
ジュースならともかく、
お茶に同じほどの値段を出して買おうという日本人の気が知れない。
そう言うと、
「君だって紅茶は買うだろう」
「あれはサントリーがいけない」
砂糖入りの烏龍茶。日本にないとは思いもしなかった。
こんなくだらないことでも、不意に故郷が恋しくなってしまう。
「やはり上海の方がいいか?」
わざとなのか無意識なのか、試すように風間にそう聞かれ、
孔は一瞬返事に詰まる。
「いいところもある、嫌なところもある」
そうして、烏龍茶は中国の方が美味いと言ったら笑われた。
「今度上海に戻ったら買ってくる。砂糖入り。風間に飲ませる」
遠慮しておこうと即座に断わられた。
孔:辻堂コーチ二年目七月
「だいたい世間様は
わけのわかんねえ価値観に流されやすくっていけねぇんだよ。
テレビでちょっと宣伝してりゃあそれがさも最先端でよ、
それに飛びつきゃなんもかんも問題は解決したかのように考えちゃってよ、
ちったぁ頭使ってテメーらしさ出してみろってんだ」
そう言ってペコは不機嫌そうに微炭酸のスプライトを飲む。
「かといってよぉ、
流行に流されたわけじゃない、自分で選んだんだっつったって、
結局は流行のもん身につけて他の奴らとお揃いじゃねえか。
バカなんじゃねえのか、あいつら。
違うのは服のサイズと色ぐれえだろ」
もっとビシッとしようぜ、ビシッとよぉ。
そんなふうにぼやきながらスプライトを飲み干し、
「まずっ」
ペコは嫌そうに舌を出す。
いいと思っていた娘に告白しようとして髪形が嫌だと振られ、
おまけにスマイル宛のラブレターを預けられてしまったらしい。
佐久間はさっきからなにも言えないまま、
紙パック入りのコーヒー牛乳をちびちびと飲んでいる。
静かな夕暮れだった。
ペコ:片瀬中学三年十月
――だいたいなんで暑い盛りにわざわざ墓参りをしなくちゃいけないんだ。
ぶつぶつとぼやきながらスマイルは草をむしり、
ビニール袋の上へと放り投げる。
会ったこともない祖父の眠る墓はえらい山のなかにあり、
毎年草むしり要員として母親に連れてこられる。
「終わったー?」
母親の呑気な声が墓場の下から飛んできた。
「もうこれでいい?」
スマイルは嫌々ながら腰を上げ、うんざりしたようにそう聞いた。
「上出来じゃない。おじいちゃん、喜んでるわよ」
「会ったこともない人に喜ばれてもな…」
「会ってるわよ。あんた生まれてすぐに死んじゃったけどね」
バケツの水をかけてやり、
母親がロウソクに火を灯すのをぼんやりとみつめ、
ビニール袋に入っている水のペットボトルに目を止めた。
木陰に座り込み、キンキンに冷えた水を飲む。
そうして我慢出来ずに頭から水をかぶった。
思えば毎年これが味わいたくて、嫌々ながら草むしり要員を買って出るのだ。
大きな入道雲が山の上からせり出している。
片瀬でなくても、夏は夏だ。
スマイル:大学一年八月
「あたし、酔っ払ったマー君はあんまり好きじゃない」
恋人にそう言われて佐久間は危うくビールを吹き出すところだった。
「オメー、飲んでる真っ最中にそういうこと言うか」
「だってホントなんだもん」
そもそも二人で居てはいけない筈の居酒屋での会話だ。
酒を飲む以外にこんな場所でなにしろっつうんだ。
そうぼやきながら佐久間は煙草に火をつける。
「なんだよ、酔ってからんだりしたか?」
「しないけどぉ」
「…もしかして、こないだのこと、まだ怒ってんすか」
飲みすぎたせいで、肝心な時に息子が役に立たなかったことがあった。
恋人は、違うよバカ! と佐久間のアゴにアッパーを食らわせる。
「なんか、違う人みたいになるんだもん」
「なんじゃそりゃ」
「急にやさしくなってさぁ」
「…ほんで?」
「なんか、かっこよくなってさあ」
「それがわりぃのかよ」
――っつうか、それが嫌ってどういうこった。
佐久間が呆れながら煙を吐き出すと、恋人は困ったようにこちらを睨んだ。
「なんか、惚れ直しちゃうんだよぉ」
そんなこと言わせるなバカ! ――と、またアッパーを食らった。
佐久間:十八歳九月
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