風間はいつもうかがうように孔を見る。
なにをしたいのかわかっているけれど、素直に乗ってやるのは悔しいし、
なにより、恥ずかしい。
だからいつもうつむいてしまう。苦笑するようなかすかな声が聞こえるまで。
うつむいて、苦笑する声に顔を上げ、
じっと、うかがうように風間の顔を見る。
そうして二人は探りあうように唇を重ねて、すぐに離してしまう。
離れた瞬間、また触れたいと思う、
その思いを味わう為に。
孔:辻堂コーチ二年目四月
だいたいあいつはいつも人のことなんかお構いなしなんだと
ペコは内心怒っている。
部活で使う道具を倉庫に取りに行った時とか、
タムラで一汗かいてちょっと一服と裏の駄菓子屋にアイスを買いに行く時とか、
この前なんか商店街のはずれにあるパチンコ屋の裏だった、
スマイルはいつも音もなく忍び寄ってきて、
不意に、
なんでもないようにキスをして、知らん振りで行ってしまう。
ふざけんなと何度怒っても駄目だった。
スマイルはこっちのことなど本当にお構いなしだし、
俺は、
唇を離したあと、あいつがふと笑う顔を見たくて、
つい怒る言葉を失ってしまう。
ペコ:片瀬高校二年二月
何故そんなに困った顔をするのだと、時折風間は聞きたくなった。
長いまつ毛を震わせてそっとまぶたを伏せる孔は、
何故かいつも、なにかを恐れているように、逃げるように身を引いてしまう。
この腕では安心出来ないのかとふと悲しくなり、
それでも、どうしたと聞けば、なんでもないと孔は答える。
悲しい顔をさせたいわけではないのに、
――求めることが既に罪なのか。
そう思って風間も悲しくなり、
それでも、
悲しみのうちにかすかな喜びを見出そうと、また唇を重ねる。
君が居るだけで私の幸せが満たされるように、
君の幸せを満たす為には、どうしたらいいのだろう?
風間:大学二年七月
ペコの唇はいつだって甘い。
コンデンスミルクだの(糖尿になるよ)、
棒のついた大きなアメだの(虫歯になるよ)、
絶えずお菓子とジュースで味付けされている。
ペコは、
いきなりすんな!
と怒るけど、本当はいつだってペコが悪い。
ペコが体調を崩さないようにと、
僕がカロリーを少しでも引き受けようとしているだけなのに、
それでもお菓子とジュースを手放さない、
君が一番悪いに決まっている。
――もしかして、誘ってるの?
そう思うのも仕方ないだろ。
スマイル:片瀬高校二年三月
タムラを出てからずっとあいつは黙ったままだ。
俺たちは互いに、わざとらしく煙草を口にくわえたまま、
ただとぼとぼと道を行く。
「アクマってくわえ煙草、好きなんすか」
「…別に」
お前だってくわえ煙草じゃねえか。
「口になんかはさんでおきたいのって、
赤ん坊がママのおっぱい吸うのとおんなじなんだってよ」
「へえ」
にやにや笑ってわざとらしく俺は煙草をふかす。
ここで捨てたら、気にしてるってことになるだろう。
菓子の食いすぎで太りやがった。俺たちのヒーローは、見る影もない。
ここでこいつを飛ばせてやれたら、
俺は、ヒーローの母親ってことになるんだろうか。
佐久間:海王学園退学十一月
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