「すごいよ、これ。おもちゃ付きだってさ」
「……いい歳した大人なんですから」
「じゃあ君頼んでよ。一応未成年だし」
「一応ってなんですか。っていうか、ここに『十二歳のお子様まで』って但し書きがあるでしょうに」
「……十二歳の真似は」
「無理です。菜々子が居たら――」
 喉の奥に言葉が詰まった。
 沈黙に気付いて目を上げると、足立がしまった、という顔でこちらを見ていた。孝介は小さく笑い返しておいてメニューへと視線を戻した。
「ホラ、いい加減決めましょうよ。俺、腹減ってしょうがないんですけど」
 結局足立はデザートを頼まなかった。二人は言葉少なに食事を待った。
「足立さんの職場の机はやっぱり汚いんですよね」
「やっぱりってなに。っていうか、なんで断定的なの」
 とか、
「今日の寝癖も芸術的ですね」
「まあね。ま、君がどうしてもって頼むんだったら、特別に触らせてあげてもいいよ」
「嫌ですよ、だらしないのがうつりそうだし」
 とか、くだらないことをぽつぽつと話しながら時間を過ごした。やがてやって来た食事をまた言葉少なに片付け、コーヒーをお代わりする頃には、さすがに落ち着いていた。
 足立は煙草を吸いながら腕時計に目をやった。
「このあとどうしよっか。まっすぐ帰るのも、ちょっとつまんないね」
 孝介は首をかしげて考え込む。
「またあそこ行きませんか」
「ん? どこ?」
「星の綺麗なトコ」
 煙を吐いた足立は、嬉しそうに笑った。
「いいよ」


 寒い時期の方が闇は濃い気がする。
 山頂へ向かう道には、相変わらず対向車が一台もない。足立はラジオを付けていたが電波の調子がよくないと言ってさっき消してしまった。
 孝介は林が切れる一瞬を待ち構えている。そろそろだよと教えられて目を凝らしていると、言われたとおり木々の姿が消えて、裾野に広がる稲羽市が視界に飛び込んできた。冷たい空気に晒された町の光が滲んで見えて、あっという間に闇に呑まれた。
 星は夏よりも大量に見えた。少しだけ外に出たけど、寒さに負けて二人ともすぐ車に戻ってしまった。暖房を効かせた車内で足立に手を取られながら星を見た。
 流れ星を二つみつけた。手が離れたので振り向くと、足立は孝介の髪の毛を梳き、突然耳たぶを引っ張った。
「帰ろっか」
 足立が触れてくれたのはそれだけだ。


 現在堂島家の車庫は空になっている。そこへ足立は車を入れてライトを消した。家に着いたあとも孝介は離れがたくて、わざとらしいかなと思いながらも「お茶でも飲んでいきませんか」と、努めて普通の声で誘ってみた。
「あー、うん。じゃあ御馳走になろうかな」
 足立はエンジンを切るとシートベルトを外した。孝介は元気よく返事をして車を降りた。玄関の鍵を開けて電気を付けて回り、暖房を入れると共に湯沸かしポットのスイッチを入れる。棚から湯呑を取ろうとして、コーヒーの方がいいかな、でもそれだとインスタントになっちゃうなと思って振り返った。
「足立さん」
 予想していた場所に足立の姿はなかった。不思議に思って孝介は玄関まで歩いていった。足立は寒々しい空気の残る三和土に突っ立って孝介を見上げていた。
「どうしたんですか」
「あーっと、その……」
 ポケットに入れていた手を出して足立は申し訳なさそうに鼻を掻いた。
「ごめん、やっぱり帰るよ」
「え……」
 一瞬混乱してしまった。まさか帰るなどと言い出すとは思わなかったから、なんと返事をすればいいのかわからなかった。孝介は廊下に立ち尽くして足立を見下ろしている。足立はポケットに手を戻すと困ったようにうつむいた。
「いや、こういうこと感じるのが初めてなもんで、ちょっと自分でもどうしたらいいのかわからないんだけど」
「……」
「……その、こうやってなにもなかったみたいにまた君と仲良くなるのってさ、虫が良すぎる気がしない? いや、僕がっていうことなんだけど」
「そんな」
 だが孝介は言葉が続けられなかった。気にし過ぎだと言ってやるには、思い当たる節があり過ぎた。足立は、でしょ、と言うように小さく笑った。
「だから今日は帰るよ。一回くらい自分にバチ当ててやんないと、なんか申し訳なくって」
 なんとなく納得がいかなかったが、孝介は無言でうなずいた。足立が帰ると言うのであれば邪魔立てをするわけにもいかない。しかし帰ると言った癖に、足立はやはり動こうとしなかった。
「――で、帰るつもりなんだけど」
 つもりなんだけどさあ、と繰り返してまた困ったようにうつむき、ガリガリと頭を掻いた。そうして髪の毛をぼさぼさにしたままちらりと目を上げた。
「このまま帰るのも、ちょっと淋しいので」
「ので?」
 足立は無表情に両手を広げた。
「帰る前に、一回抱きしめてもいい?」
 返事をするよりも早く腕のなかへ飛び込んでいた。足立はためらいながら腕を上げ、そっと背中を抱き返してくれた。
「……帰っちゃうんですか」
「うん」
 顔を上げると、足立は困ったように笑っている。なんだか妙に大人な態度が憎たらしくて、孝介は両腕に思いっきり力をこめながら再度訊いた。
「帰っちゃうんですか」
「あだだだだ、ちょ、背骨折れる、背骨っ」
 孝介は苦笑して腕の力をゆるめた。
「……遠慮とか、足立さんらしくないですね」
「うん。僕も自分で驚いてる」
 そう言って額を合わせてきた。


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