しばらく気まずい沈黙が続いたあと、不意に陽介が机を叩いた。
「な、ジュネスでも行かね? たこ焼きおごれ」
「――いいよ」
 冗談めかしたその言葉に、孝介はやっと安堵して立ち上がった。
 雨だというのに自転車で登校してきた陽介の為に、孝介は両手に傘を持ち、友人の頭上に掲げてやった。陽介は自転車から降りてのろのろと押しながら歩いている。
「……俺さ」
 正門前の坂をやり過ごしたあとで、陽介がぽつりと呟いた。
「今でもたまに、小西先輩の夢見るんだ」
「……」
「ジュネスでバイトしてるみたいな、そういう夢。なんか普通過ぎて、先輩が居るのに焦ったりとかしねーんだよな。あぁ、今日も笑ってんなーって思うくらいでさ」
 陽介は手元へと視線を落として言葉を続けた。
「あんまり普通過ぎてさ、目が醒めたあとで確認しちまうんだ。あれ、先輩ってまだ生きてたんだっけ? って」
「……それはさ、」
「知ってる筈なのにさ。夢って変だよな」
 そう言って陽介は苦笑する。孝介はかける言葉がみつけられずに居た。雨で黒く濡れたアスファルトを眺め、無言で隣を歩くばかりだ。
「でもなんか、どっかで気付いてる感じもするんだ。夢のなかで普通に先輩と話しながら、話してるのは普通のことだって思ってんのに、やっぱどっかで違うなって思ってるとこがあってさ」
 そうして不意に足を止めると、陽介は空中をみつめ、それを指先で四角く区切ってみせた。
「こう、空気って目に見えないだろ? 見えないけど、そこにちゃんとあるじゃん。それと同じ風にしてさ、見えないけど『なにもない』のがある、って思ってんだ。四角い、立方体みたいのが俺の側に浮いててさ、俺はそれを見てそこにあるって知ってるのに、わざと見ないフリしてんだよな」
「……」
「先輩が居ないのって、そんな感じだ」
 陽介は言葉を切ったあと少し考え込んだ。そうして難しそうな顔で「ちょっと違うな」と呟いた。また口を開いてなにかを言いかけ、でも結局、言葉は続かなかった。
「上手く言えねぇや」
 苦笑して、また歩き出す。
「だからさ、天城助けられてよかったよ」
「……そうだな」
 天城雪子はまだ登校してきていない。だが千枝の話では、しっかりと回復に向かっているということだった。
「犯人の狙いって、なんなんだろうな」
 ジュネスへと続く道へ入りながら陽介が言った。孝介は肩をすくめるばかりだ。
「そもそも、なんで山野アナを殺したんだ?」
「なんか仕事の関係なのかね。でもさ、だとしたら、あとに狙われた二人の繋がりもさっぱりだもんな」
 孝介はうなずいて返す。
 山野真由美、小西早紀、そして天城雪子と、事件が続くにつれて余計に謎は深まっていく。自分たちの手で解決を、と決めたのはいいが、あらためて考えてみるとわからないことだらけだった。
 しばらく無言で歩いたあと、あのさ、とためらいがちに陽介が声をかけてきた。
「……俺、先輩の本音が聞けてよかったと思ってんだ」
 孝介は驚いて友人を見た。陽介は気まずそうに笑いながらそっぽを向いた。
「いや、確かに痛いこと言われたけどさ。……でも知らないままで居るよかは、ずっとよかったよ」
「……」
「出来れば直接言って欲しかったけどな」
 そうして初めて、泣くのをこらえるように唇を噛み締めた。そうだな、と呟いて孝介は言葉を続けた。
「そうしたら俺が、盛大に失恋パーティー開いてやったのにな」
「な! ……てんめぇ、ちょっと女子に人気があるからっていい気になんなよ!」
 陽介が体当たりしてきた。孝介は笑ってぶつかり返した。
「犯人、捕まえような」
 二度三度、互いに体をぶつけ合ったあと、孝介は言った。
「絶対にさ」
「――おう」
 陽介はこぶしを握り、傘を持つ孝介の手にぶつけてきた。
「頼りにしてるぜ」
 それから少し恥ずかしそうに笑って、相棒、と付け足した。

そっちかよ/2010.11.27


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