「……も……やだ……っ」
「なにが?」
 足立の手が止まっている。
 舌が目のふちに溜まった涙を拭っていった。孝介は抱きついて嫌々をするように首を振った。
「も、やだ。やだ……っ」
 苦しいのに、終われない。
「イキたくないの?」
「も、イキたい……! ね、」
 鼻にかかった声でねだったあと、何度もキスをした。もう自分がなにを言っているのか自覚していなかった。熱を吐き出したい、頭にあるのはそれだけだ。でもこのままでは足りない。足立の手は止まってしまった。体の表面を濡らす汗が冷えるのにつれて皮膚は冷たくなっていくのに、内部の熱は出口を求めて体中を駆け回っている。
「しょうがないなあ」
 足立は孝介の体を抱きかかえると不意にベッドへ寝かせ、自分の足を抜く代わりに孝介の足を抱え上げた。そうしてゆっくりと突き上げ始めた。さっきとは違う角度で内部をこすられる感触に、孝介はたまらず熱い息を吐く。奥まで入ってくる感覚にうめき声を洩らす。シーツをつかもうと手を伸ばしかけた瞬間、それまで感じたことのなかった痛いほどの快感が背筋を貫いた。
「や……っ、やだ、そこや……!」
「んー? ここ?」
「……っ!!」
 両足を押さえつけられて逃げられない。足立は荒い息を吐いて腰を打ち付けてくる。たまらず悲鳴を上げた時、涙が流れ落ちるのがわかった。突然に引き込まれた快楽のなかで孝介はわけもわからず熱を吐き出した。なのに全身が痺れるほどの痛みと快感がまだ続いている。足立はおかしそうに笑ったあと、自らの欲望へと入り込んでいった。
 額から流れた汗が孝介の唇に落ちた。突かれるたびに声を洩らし、震える手を伸ばして足立の髪に触れた。やがてうめき声を上げながら果てた足立が、荒い息遣いと共に孝介の上へと身を横たえてきた。
 しばらく呼吸を整えたあと、肘をついて身を起こす。そうしてじっとこちらをのぞき込んできた。孝介はなにも言うことが出来なかった。足立はそれを見て嘲笑するように口の端を歪め、片手で頬をつまむと、不意に唇を触れていった。
 孝介はしがみつくようにしてその体を抱いた。互いに言葉はなかった。


 後始末を済ませたあと、孝介は薄い眠りに誘われた。眠りに落ちる寸前、煙草の匂いをわずかに嗅いだ。
 目を醒ました時、部屋は薄暗くなっていた。身を起こそうとすると毛布が肩から滑り落ちた。ベッドのなかで向かい合うようにして足立が眠っていた。孝介は起こそうとしていた体を再びベッドへ横たえて、暗がりのなかで目を凝らした。
 眠っている足立には表情がなかった。いつもの間の抜けた笑顔も、意地の悪そうな顔も、今はどこにも見当たらない。ただの二十七歳の男が目の前に居るだけだ。
 孝介は手を伸ばして足立の唇に触れた。静かな寝息が指にかかる。もっと近くでと思った瞬間、不意に足立が目を開けた。なにも言わずにこちらをみつめたあと、腕を伸ばして孝介の体を抱き寄せる。
 仰向けになった足立の肩の辺りへ頭を乗せた。腕を伸ばして反対側の肩へ手を置く。鼓動がわずかに感じられた。足立はじれったそうに毛布を引っ張り上げて息をついた。
「あとでご飯行こ」
「……はい」
 指が二度三度、髪を梳いて落ちていった。また眠ってしまったようだ。孝介は気付かれないよう静かにため息をついて身を寄せた。
『お前が本気なんだったら、俺は応援するよ』
 陽介の言葉が耳の奥で甦る。孝介は肩をそっと指でなぞりながら、違う、と胸のなかで呟き返していた。
 ――本気なんかじゃない。
 不意に足立の手が動いた。孝介の肩を抱き寄せて横向きになり、髪のなかへと鼻先をうずめる。そうしてそれがいつもの姿勢だというように、足立は心地よさげな寝息を立て始めた。
 頭に置かれたままの手は、いつもの感触だった。覚えているとおりの温もりだった。そして今、煙草のまじった足立の匂いを覚えようとしている。
 ――違う。
 孝介はもう一度自分に言い聞かせて目をつむった。
 ――別に本気じゃない。
 これはただの遊びだ、一緒になって遊んでいるだけだ。足立も自分も、目的は唯一快感だ。それだけだ。触れる体が気持ちいいのは、だから当たり前なんだ。
 なにも特別な意味なんかない。
「……っ」
 孝介は込み上げてくる気持ちをじっと抑え、静かに息を吐き出した。目的どおり気持ちの良い温もりのなかで寝ようとするのに、どういうわけか少しも眠れなかった。
 誤魔化しを並べているのはわかっていた。痛いほどに自覚があった。
 でも、そう思わなければやってられない。そうでなければ耐えられない。
 無理にでもそう思い込まなければ、もっと好きになるのを止められない。

違う/2010.12.19


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